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『SOGI』通信 No.71


葬式を再生するための検討課題

 このところ仏教寺院や葬祭業関係者から「お葬式の大切さをもっとアピールしてほしい」とい要望を受ける。
 理由は、近年加速度的に増加する簡素で小型の葬式、あげくは僧侶を呼ばない葬式の増加にある。

 葬式の簡素化、小型化については、特にサービスの質や内容を検討しないで、ただ「安ければいい」と希望する消費者が増加している、という。
 僧侶については、「面倒くさい」「意味がわからないお経は退屈」という声も聞く。中には「家族葬はお寺を呼ばない葬式のことでしょう」という声まで出る始末。

 もっとも、葬式の小型化、簡素化傾向は顕著だが、葬式に宗教者を呼ばない葬式は6%程度である。けれども、その係わりは相当薄いものになっている。
 しかし、注意しなければいけないことは、高度経済成長期からバブル期に至る間の葬式をあるべきモデルとして考えてはいけない、ということである。

 今、「下がった、小さくなった」というのは、1990年当時と比べればのこと。平均会葬者数は250人以上が「平均的」な数字で、1件あたりの葬祭業者の売り上げが170〜210万円、葬式のお布施も40〜70万円あたりが相場の時代であった頃と比較してのことである。

 しかし、、60〜80年代というのは、日本の葬式の歴史上、特異な時代であった。
 かつて「大きい」というイメージのある明治中期〜大正期の大きな葬列。これは、近代化により勃興した経済的成功者、富裕層の葬式のことで、けっして民衆のものではなかった。当時、民衆の葬式では江戸時代と変わらず座棺が用いられ、輿は再利用を前提にしたため白木ではなく塗りものが使用された。当時から用いられた「棺車」は、リヤカーと塗り輿一体型で、地方では70年代まで見られた。

 高度経済成長が日本社会にもたらしたのは都市化、核家族化であり、総中産階級化というものである。これにより服装等の流行が起こり、冷蔵庫、テレビ、洗濯機等の家電製品が普及した。
 葬式もこの社会の変化に伴い大きく変わった。

 戦時中、死者の葬式をまともに行えなかった怨嗟もあり、葬式では祭壇文化が花開き、宮型霊柩車が一挙に普及した。会葬者も地域コミュニティという枠を超え、多数化した。この背景には終身雇用制を伴う企業社会の葬式への参加も大きく影響した。あえて極端にまとめると、葬式は巨大化し、弔いというよりも社会儀礼中心に変容した。

 こうした時代の葬式をモデルとすべきではないだろう。近親者が死を受けとめる時間であるべき通夜を変質させ、第2の葬式にして意味を奪い、弔いの中心であるべき遺族に「会葬者に失礼がないよう」にする気遣いを強制した。遺族のグリーフを抑制し、遺族のグリーフに寄り添うべき宗教者は式典の高い座に座る役者と化した。

「0(ゼロ)葬」化もありのような今の葬式がいいわけがない。しかし、過去の葬式への反省を明確にしたうえで、葬式を再構築するのでないと、「葬式の再生」はないように思う。


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