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『SOGI』通信 No.68

 先日、直接耳にした話である。3人姉妹の1人が死亡した。仲の良い、行き来の多い姉妹だった。その死が他の2人の姉妹に知らされたのは、葬式も何もかも住んでから。子どもたちが直葬を選択したのだという。「悔しい」と妹は哭いた。

 今の社会事情、家族事情を考えれば、いいか悪いかの問題ではなく、1割程度は直葬があるのは当然である。
 単独世帯は増加しているし、家族関係は小さくなっている。親戚が同じ地域に住んでいるならまだしも、近くに住んでいなければ交流はない。いとこはきょうだいのように親しくしているケースもあれば、ほとんど他人のように付き合いのないケースもある。

 家族も縮小し、親戚も縮小している。親の葬儀では一時は子どもの会社関係者が多かったが、今やそうした「義理」の関係者は少なくなった。子どもの関係で来るのは子どもととても親しい関係にある者に限られる。

 2010年NHKが「無縁社会」を特集で取り上げた時、その衝撃の内容に多くがショックを受けた。そして永年の疑問が氷解した想いがしたのではないか。
 昔は地域仲良く、家族大事に生活するのが「日本人の暮らしのカタチ」と思われていたが、それは今や少なくなり、人間砂漠に住む日本人像を見せてくれた。

 全国の地方自治体からデータを集め、身元不明の「行旅死亡人」は年間約1千人におよぶこと。身元はわかっても死者の遺体を引き取らないケースが年間3万1千体。合計3万2千体が遺体の引き取り手がいなかった。

 遺体を引き取らないケースで多いのが死者と甥、姪の関係にある人たち。これはわかる。彼らが「生前まったく交流のなかったおじさん(おばさん)が死んだから遺体を引き取れといわれても…」ととまどう。
 これが親子といわずとも、きょうだいであれば話は別だろう。

 親子でも小さい時両親が離婚し、別居していた親が死んだと知らせがあったとき、また親はすでに死んだと聞かされていたとき…と少しずつ関係をずらしていけば「他人のような親子」もたくさんいる。何せ結婚した人の3割が離婚する時代なのだから。
  結果として看取られず一人で死に、発見が遅れる「単独死」には40〜60代の離婚・離職・単身生活者が多い。

「家」がないのは当然、「家族」すら離散し浮遊している。実際に「遺体が引き取られない人」が3万人いれば、その4〜5倍は「遺体を引き取ったからといっても、いやいや、しかたなく引き取ったので、弔う気持ちになれない人」がいておかしくない。12〜15万人程度、年間死亡数の1割はそうした社会環境が引き起こした「直葬」と言ってもいいだろう。

 だが、こうして死亡したからといって「孤立死」などとネーミングして死者を侮蔑して扱うことはあってはならない。
 他方、本人や家族と特に親しい関係にある人は、以前に比べ、むしろ「熱心に」葬式に参加しているように感じる。

 葬式への本人や家族と人間的関係にない人の参列は明らかに少なくなった。しかし、本人や家族と人間的関係がある人は、むしろ進んで、積極的に参加しているように思われる。  


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