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『SOGI』通信 No.39

 葬儀において死者の家族は「遺族」なのか「消費者」なのか?
 葬儀を出すのは「遺族」である(必ずしもそうでないケースもあるが)。葬儀施行を葬祭業者に依頼するのは「消費者」としてである。この2つの側面を葬儀において死者の家族はもつ。
 最近は「消費者問題」として葬儀が語られることが多いが、これは自明なことではなかった。主として1960年代の高度経済成長期以降のことである。

 かつて葬儀は外注されるものではなかった。地域が喪家を支援して行った。
 ちなみに「喪家」は「そうけ」と読む。「そうか」と広辞苑に掲載されているが、現在は使用例が見られないので死語。「葬家(そうけ)」は関東の方言、「喪家(もけ)」は関西の方言であろう。
 地域の人の支援に感謝して喪家は地域の人に飲食を振る舞った。その遺族を経済的に支援するために親戚は香典をたくさん出した。これがかつての葬儀を出す基本構造であった。

 高度経済成長期になると、祭壇等の設営や葬具の調達は葬儀社の役割となり、企業共同体(会社)が地域と並んで葬儀の運営に力を貸すようになった。構造が複雑になり、葬儀は社会儀礼色を強めた。
 一般に、都市では企業がより力をもち、郡部では依然として地域の力が強かったと言えるだろう。その経過の中で次第に葬祭業者の役割が拡大していった。

 香典で見ると、地域の人は労力支援が中心ということで金額的には少ない。現在の相場で言えば3千円以内。親戚は喪家を支援する立場であるから高額で遺族との距離により3万円〜数十万円と幅をもつ。一般ならびに企業関係は一人あたり5千円〜3万円である。
 いずれにしても香典返しは3分3分の1)や2分(半分)と言われたので、香典は遺族の経済的負担を軽減する役割を担った。
 80年代後半から90年代初めのバブル期には、香典平均単価が8千円、平均会葬者数が300人とすると、大雑把に言って、実質120万円が会葬者からの支援の総額となった。葬儀費用の総額が240万円以内であれば、遺族の自己負担額は(あくまで一般的ケースであるが)ゼロで済み、会葬者数が多いほど遺族の経済的負担は少なくて済んだ。それ故に純然たる意味で遺族は「消費者」ではないケースが多かった。
 いま社会儀礼色が弱まり、つまり会葬者数が減少し、故人と親しい人たちによる葬儀が増え、香典による金銭的援助が減少した。関西では「香典辞退」の風潮もある。葬儀の「個人化」であり、これに伴い遺族は消費者化を強めている。

 消費者意識の高まりは、事業者として未成熟な葬祭業者の「改革」を促した。しかし他方、遺族の消費者化に伴う問題もあるように思われる。それは遺族の葬儀における「お客」化であるように思う。葬祭業者は「お客」である遺族が満足するサービスに目が行きがちであるが、そこで大切なものが見失われていないか。あくまで「遺族」は家族の一員と死別した人たちであり、葬儀の当事者で、送り手、主体であるという面である。最も大切な支援が置き去りになってはいないか。




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