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『SOGI』通信 No.20


 彼は90歳。夫婦2人の暮らしだったが、このところは認知症が進んで施設での生活が長かった。
 妻は一回り下の78歳。夫が家にいたときはその世話で忙しかったが、いまは週に一度施設を訪れる以外は自分の時間がある。友人を誘って旅行にも行く。
 週に一度か二度は同じ町に住む娘(50歳)が家に遊びにくる。一緒に食事に出かけることも多い。
 息子(48歳)は東京で一家を構える。仕事が忙しいらしく、また、たまの休みは家族で過ごしており、めったに家に顔を出さない。電話は時折あるが、家に来るのは年に一度ほど。昔は盆と正月に家族連れで帰郷したものだが、子どもが学齢期に達すると、いつの間にかその習慣も失せた。
 彼のことは家族の中でたまに話題になる。その多くは施設に要する費用の話である。

 妻が週一度施設を訪問しても夫婦の間にはもう対話はない。彼は妻を認知はしているが、記憶の多くは欠落し、また、あっても錯綜している。彼は昔は精悍で、精力的な男であったが、いまはその面影がない。目に力がなく、頬の筋肉もなく、妻は別人を見ているような気がした。
 妻は手早くもってきた衣服類を置き、洗濯物を集め、また帰っていくのが常であった。

 家の中は彼が療養していた頃とは大きく変わっていた。寝室の介護ベッドは片付けられ、こぎれいにされていた。彼が施設に入って5年。彼の私物は大きなダンボール箱一つに収納されているだけだった。
 彼が昔読んでいた本は物置に整理されて保存されているが、読み手のいない本はもう何年も誰の目にも触れられていない。

 施設から電話があった。肺炎を起こしたので近所の病院に入院させた、と。
 妻は娘と一緒に病院へ向かった。
「お歳ですから無理な治療はしなくてもいいでしょう」
 40代の医師は家族の気持ちを察するかのように言った。

 男は深夜、駆けつけた息子の前で静かに息を引き取った。妻と娘は家に待機していて死に目には立ち会えなかった。
 かねてより妻、娘、息子で話し合っていたように、事前に決めていた葬儀社に連絡して、その斎場に送ってもらった。
「一度ご自宅にお戻りになりますか」
 と葬儀社の担当者はたずねたが、その必要はないと家族は断った。
「葬式は家族だけで」と近所はもちろん彼の古い友人にも報せなかった。
「ご迷惑をかけてはいけないから」
 というのが理由であった。
 それでも菩提寺の住職には来てもらい、お経を読んでもらった。その寺に墓があったからだ。
 孫は娘の子が顔を出したが、息子の東京の子は「学校がある」と言って顔を出さなかった。
 火葬後、その足で寺に納骨を済ませた。
「また、後で納骨のために集まるのはたいへんだから」
 翌日から家族の日常生活は再び戻った。変わったのは、妻の週一回の施設訪問がなくなったことだけだった。



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