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『SOGI』通信 No.17


 年末、例年になく喪中葉書が多かった。それぞれの親が亡くなったこと故が多かったが、中には配偶者の死を報せるものもあった。昨年は同級生の病死の報せも入った。中学の頃、仲間としてつるんでいた一人であったが、医師として働いているとの話を地元にいる友人を介して聞いていた。その友人から彼の死を報せる電話があった。がんとのこと。
 同級生の死を聞いて「早い死」という感想をもったことも確かであるが、「そろそろ自分の順番かも」という思いを避けることはできなかった。

 高校生の頃、よく「自分の死」を考えた。自分の死は暗黒であり、全ての世界が消滅する、と怯えながらも甘美な誘惑の世界としてあった。
 今はさすがにそうは考えない。自分がいずれ死ぬということは極めて自然な認識としてある。そして世界が消滅するのではなく、家族が、同僚が、そして友人、後輩が、その後を生きていくということを確実なこととして知っている。残る人へ自分は何を遺せるのか自問する。

 恩師の偲ぶ会に出席した折、恩師の著作のいくつかを購入した。あまりいい弟子とは言い難かったから、学生時代に読んだきりで、その後の著作には目を通していなかったのだ。老境に入ってから著した本であったが、感性の瑞々しさを失わず、老いてなお透徹した、そして自分を出すことには相変わらず抑制した文章であった。読み始めると止まらない。そこから転じて、その恩師の若いときの評論を「鬼才」と評した、今は老境にある思想家の本に向かい、さらにその思想家を激しく、しかし文献的に詳細に批判する、これも若くない文献学者の本へと転じた。二人とも学生の頃に親しんだというか、耽溺した思想家であった。
 死んだ恩師、そして今は老境にある二人の本から感じたのは「遺書」という言葉であった。「遺書」は自死をする際に残る者へ託す言葉であるが、自死するのではなくとも、次の世代に伝えたい、渡したいことを、意識して書いているという印象を強くもった。

 青木新門さんが「葬式とはいのちのバトンタッチ」と言っている。自分は何を次の走者に渡すのか、そろそろ自覚的でなければならないという年齢にさしかかったのだと思う。それは次の世代に乗り越えられる、いずれ捨て去られるものだろうが、それはいい。
 まだ若いと人は言うかもしれない。しかし90歳を過ぎて亡くなった恩師の著作歴を見ても、それは60を境に何を遺すかという営みであったように感じるのだ。
私は恩師のように、美しくは死ぬことはできないだろう。人間は生きた以上には死ねないものだと言うから、きっとさまざまな破綻を繰り返し、のたうち回り、周囲の人間に迷惑をかけ死ぬのだろう。でも、それも生き様なのだと開き直ってみたりする。

 近年多くなった若者(私にしたら30代も若者である)の集団自殺。生前、ネット以外では縁のなかった者同士が集まって、周到に準備して死ぬ。理由はそれぞれあるのだろう。自分たちは死んでおしまいかもしれない。だが遺される家族の想いはどうであってもいいものではないだろう。人間は立派に生きる必要はない。しかし、自死し、遺る家族の心身を一方的に傷めるのは一つの犯罪にも思える。

碑文谷 創



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