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葬送の視点7 碑文谷創


 夏の風物詩の中心は、何と言ってもお盆であろう。8月中旬、大量の人数が、列島を車で、飛行機で、電車で移動する。都会は日ごろの喧騒を忘れて静寂な空間となり、地方は久しぶりの帰省者で数日間であるが賑やかさと活気を取り戻す。
 お正月とお盆は日本古来の「魂(霊)祭り」である。正月には「お正月さま」が、盆には「お精霊さま」が、共に祖先の霊であるが、日常生活に侵入して、生者と交歓する不思議な時空間を作り出すのだ。まさに「祭り」である。

 お経に『仏説盂蘭盆経』があり、これがお盆(盂蘭盆会)の元といわれる。
 釈尊の弟子である目連が、母親の死後の苦しみを救うために釈尊に助けを求めたところ、釈尊は、7月15日に修行する僧侶たちに供養をすれば、その功徳で母親の苦しみがなくなるだろう、と説いた話である。これが中国に入り、親孝行、死んだ親の供養になったという。
 またイランの収穫感謝祭と先祖祭である「ウルバン」が中国に入り「盂蘭盆」になったという説もある。
 また、本来は盂蘭盆とは無関係に行われていた施餓鬼会が、いつの頃からか盂蘭盆会と混同されて、7月の盂蘭盆会のときに合わせて行われるようになった。

 これらが日本の「魂(霊)祭り」の習俗と習合してお盆という習俗ができた。
 死者である祖先の霊(精霊)が帰ってくるのを迎え、収穫した野菜等の食物を感謝して供え、盆踊り等して交歓し、そして送り出す行事である。祖先に対してだけでなく、供養してもらうことのない餓鬼にも食物を供える。

 新しい死者に対しては「新盆」「初盆」と言って、特に丁寧に供養する。
 かつては旧暦の7月を盆月といい、15日の満月の日(8月下旬〜9月初旬)を中心に行なわれていた。現在では、東京中心に新暦の7月に行う地域もあるが、多くは月遅れの8月15日前後に行われる。お盆はきわめて人々の生活慣習になじんだ行事で地方色が豊かである。

 1日を「地獄の釜の蓋が開く日」として盆の開始とする地域は多く見られ、新盆の家では高燈籠を立てることもした。
 7日には墓掃除。12日には精霊棚を作り準備をする。
 13日(あるいは12日)は「迎え盆」といい、墓参りをして夕方盆提灯に火を灯し、精霊(祖先の霊)をお迎えし、家の外では迎え火を焚く。
 15日(あるいは16日)の夕方には送り火を焚いて精霊を送る。「灯篭流し」「精霊流し」といい、舟形を作り、供物類を乗せ、盆灯篭を灯して川や海に流すところもある。19日や20日に、あるいは31日に送り盆をするところもあるようだ。

 現在は仏壇の前にお供えすることが多いが、かつては仏壇の前や床の間に精霊棚(盆棚)を作った。(家の外に施餓鬼棚を別に作ったこともある。)精霊棚は、台の上にスノコ(竹や葦で編んだむしろ)またはマコモ(イネ科の大型多年草で葉はむしろに用いられる)を敷く。四方に青竹を立て上は縄を張り巡らす。
 上の縄には、ソーメン、昆布、ヒョウタン、ホオヅキ等を吊るしたりする。
 台の上には位牌を置き、その前に霊供膳、季節の食べ物を供える。
 お盆ならではの供え物にはナスやウリを細かく刻んで水鉢(蓮や芋の葉に水を入れたもの)に入れ、洗米を混ぜた「水の実」「水の子」がある。施餓鬼用だ。
 13日には迎え団子、14日には芋茎和え、ナスとフクベのゴマ和え、15日には蓮の葉に強飯を包んだ蓮飯に送り団子を供えるとなっているところもある。
 また、ナスで牛をキュウリで馬をかたどり供えることもある。精霊を馬で(早く)迎えに行き、牛で(ゆっくり)送るなどといわれる。東北などでは牛馬を麦わらで作る。
 精霊棚の横、玄関などには盆提灯を飾る。新盆では親類などが白提灯を贈るものとされている。

 お盆の期間中、お寺の僧侶は檀家の家を回り、盆棚の前でお経をよむ。これを棚の前でよむので「棚経」という。
 施餓鬼会とは、供養してもらえない霊である餓鬼をも救わずにおられない仏の慈悲を示す行事である。盂蘭盆と施餓鬼会が合体したということは、自分たちと暮らしをともにした家族のいのちについて思うと同時に、世界中で多くの大切ないのちがテロ、戦争、飢え等で失われていることを思う大切な機会であると思う。

 お盆は健在にしている父母、祖父母を元気づけるためにもある。これを「生盆」「生見玉」と言う。
 盆踊りは、本来は訪れてきた精霊(祖先の霊)を慰めるために行われたという。
 だから今でも、新仏の位牌を背中に背負って踊ったりもする。また、手ぬぐいを頭に載せたり、笠をかぶって顔を隠して踊ったりするは、踊り手が新仏のつもりなのだといわれる。つまり盆踊りは、生者も死者もなく一緒に楽しむ空間を作り出してくれる行事であったのだ。

 お盆は、いのちが父母、祖父母と連綿と引き継がれて私たちに結晶してあることを体感させてくれ、死者も私たちの中に生きていることを思い起こさせてくれる大切な行事だといえよう。



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