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葬送の視点6 碑文谷創


 死が学習教材として、少しずつではあるが、取り上げられるようになってきた。
 現場では生徒が死を実感できるように教えることに苦労があるようだ。

 死が頭で認識できないというのではない。死は子どもたちの世界ではある意味では日常世界である。ゲームの世界、マンガの世界…人の死はこれでもかというほどに溢れている。死は隠されているのではなく過剰に露出されている。
 だが、ここにあるのは全てが他人の死、擬似的な死なのである。こうした過剰な他人の死に囲まれていると、実際の家族の死もまた他人の死と同じ感覚でとらえられかねないという問題が出てくる。無感動な死の体験が溢れる要因となる。
 現実の人間関係が稀薄となり、フィクションの世界に心情を投影すればするほど、現実世界の出来事は色あせてくる。

 そこで子どもたちに死の実感を教えるかっこうの教材として教師たちが思いついた一つが、子どもたちがかわいがっている犬や猫、インコといったペットの死である。
 ペットの死なら、それによって被る子どもたち自身がロス(喪失)の実感を想像できるのではないか、と考えたのである。
 三世代同居が少なくなり、隣近所のおじさん、おばさんとの付き合いもない。身近で死を体験することが、子どもたちにはほんとうに少なくなってきている。一方では他人の死、擬似的な死の情報を過剰にもちながら、である。

 そこで例証とされたペットの死、しかしペットロスは例証では終わらなかった。現代日本社会が抱える病巣を浮かび上がらせる結果となった。
 それは家族の一員の死によるロスよりも、しばしばペットロスのほうが打撃が大きいという現実である。ペットロスが深刻な悲劇をしばしば招くという現実である。
 これは子どもに対する死の教材に留まらない。成人した者も、高齢者もペットロスに陥っているという現実である。

 1人世帯は24%、ほぼ4人に一人が1人世帯である。家族がいても人間は孤独でないわけではない。家の構造が昔のふすまによってだけで仕切られたものから個室化が進んでいる。家族の少数化、家族関係の稀薄化は進行している。
 ペットフード工業会の調査(02年)によると、飼われている犬は952万頭、猫は712万頭、合計1664万頭のペットが日本に存在する。
 日本の世帯数は約4680万世帯であるから平均して35・6%の世帯が、ペットを飼っていることになる。もちろん複数を飼う家もあるから4世帯に1頭くらいになるだろう。

 これらのペットが家族同様に、否、家族以上の親密さであったとき、そのロスの大きさは多大なものがある。
 ペットは表情は見せるが話さない。しばしば自分の感情を表出し、投影する対象となるから、自分の感情の分身化する。分身化した存在であるペットの死は、確実に自らの内部にロスをつくり、関係の薄い家族の死以上に、飼い主は深いグリーフに陥るのだ。

 かつてわが家の猫が死んだとき、私は庭に穴をシャベルで掘り、穴を作って埋めた。捕まえた鼠も同じように埋葬したものである。
 マンションなど庭がないところもあるだろうから同じようにはできないだろうが、いまは火葬にすることがペットの丁重な弔いになっている。ペットの葬儀社が増え、ペットの霊園がこうして繁盛するのだ。



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