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現代葬儀考 47号 碑文谷創


 ここ2〜3年、葬儀は顕著な変化を見せている。
 その一つが小型化志向である。さまざまな要因があるが、その一つに「最期を故人と親しい人間だけで心おきなく別れをしたい」というのがある。葬式となると弔問客の応対に忙しく、死者と向き合う時間が少なくなりがちである。これに対する不満がある。
 遺族や関係者にとって葬儀が重要なのは、故人と充分な別れをすることである。本来は通夜こそがその時間であるが、近年は通夜の様相が変化し「告別式化」を招いている。

 会葬者は、平日の昼間よりも夜の弔問が便利ということで通夜に弔問する傾向を増している。通夜は故人と近しい関係の人による営みであるはずなのに、通夜という名の夜間告別式になってしまっているのが実情である。
 むしろ葬儀・告別式の当日が密葬化するという傾向を受けて、葬祭業者の中には「通夜式」なることを考え、既に実践しているところがある。「通夜式」とは、つまりは通夜のセレモニー化を図るということで、意味的には通夜の告別式化である。

 通夜と告別式は機能的に大きく異なる。通夜は本来は近親者を中心とする営みであり、これと社会性を基本とする告別式が合体することには無理、矛盾がある。
 30〜40年前に葬儀式と告別式の合体が行われたことにより、葬儀の社会儀礼化が進んだが、今、それがさらに徹底されようとしている。近親者にとっての葬儀という部分が完全に失われようとしていることへの危機感が、今日の「脱葬式」つまりは葬儀の社会性の否定、密葬化を促している大きな要因となっているのは確かである。

 密葬が必ずしも葬儀本来の姿ではないだろう。過度の社会儀礼化は戒められる必要がるが、密葬化は遺族が恣意的に「関係者」の範囲を設定するために、故人と係わりのあった人々を閉め出し、その人たちが別れを告げる機会を奪いかねない。

 この一つの解決策が、今日流行の兆しを見せている「密葬─お別れ会」方式である。死の直後の火葬までの葬りは近親者だけで閉じて行い、後日に故人と関係のあった人々を招いてお別れ会を行う。「お別れ会」とは独立形態の告別式の現代的な表現である。
 社葬などの「密葬─本葬」方式も解決策の一つである。この場合の本葬は告別式の独立形態であるという意味において「密葬─お別れ会」方式と同様である。
 習俗にも類似のものがある。東日本を中心に営まれている「骨葬」方式がそうである。これは、火葬導入時に墓に納めることを最終局面として設定したために火葬の後に葬儀・告別式を設定したという事情があるだろう。だが、結果として近親者による弔いと社会的な弔いとの分離に成功している。

 遺体葬方式では解決方策はないだろうか。
 現状の基本的な葬儀スケジュールは次のようになっている。
 死亡当日を第1日めとすると、第1日めの夜に仮通夜、第2日めの夜に本通夜、第3日めの昼前後に葬儀・告別式、それが終了後に火葬、会食──となっている。
 この本通夜と葬儀・告別式がいわゆる「お葬式」である。
 仮通夜、本通夜というのはどうして発生したのだろうか。その一つの理由は、関係者への連絡が行き届かないので、死亡当日はとりあえず近親者だけで営み、日を置いて正式に通夜を営むのを本通夜と称したことにあるだろう。二つめに「逮夜」との関係がある。通夜を葬式の前夜祭、つまり逮夜として位置づけたことにある。
 また、三日程度で葬式を終わらせようとする背景には、遺体の腐敗に対する危惧と忙しい日常との兼ね合いがあるだろう。

 通夜とは、近親者による死の受容、死者の弔いの時間であると設定するならば、死亡日の夜および翌日の夜を通夜として、近親者だけで営むようにする。第3日めの夜に関係者を招き告別式を営み、第4日めの朝に再び近親者のみで葬儀式を営み、火葬に付すという方式はどうだろう。
 この場合、一般の人々に案内するのは三日目の夜に営まれる告別式だけである。夜であるから時間のある人には軽食や酒・お茶などを振る舞って、故人との関係の話を聞く時間を作ってもよいだろう。
 死亡直後の衝撃が強い最初の2日間と火葬を控えて精神的な動揺がある第4日めは、あくまで近親者を中心に営むようにすれば、グリーフワークとしての葬儀の機能も果たせるだろう。

 機能的には密葬的要素の組み込みになり、近親者による別れと社会的な告別とを切り分けることができる。
 夜に告別式を行うのは会葬者にとっても便利である。忙しい人々も1日夜だけ費やせばよいのだから、現状よりも合理化される。
 また、最初の2日間は近親者だけの時間であるから、遺族が他者へ目を向けて気を配る必要はなく、死者への弔いに素のままで専心できる。祭壇の設営も2日間は不要であるので、慌ただしさはかなり軽減するはずである。
 通夜と葬儀式は故人と関係の深い近親者に宗教者が加わって静かに営むことが可能となる。僧侶の読経も告別式のバックグラウンドミュージックになることはない。
 告別式が葬儀式に先行することは、かつて家から葬列が出発する時に庭喪礼という告別式を営んだ例があり、また、火葬や埋葬に先立って寺で引導を中心とした葬儀式を営んだのであるから、伝統方式にむしろ忠実であるとさえ言えるだろう。
 遺体の腐食については、早めの納棺や遺体保冷庫の利用、エンバーミングの処置などによって対応できる。

 こうすることにより、自宅葬と斎場葬の関係もある程度解決する部分があると思う。最期は慣れ親しんだ自宅でゆっくりと、という願望はかなり大きい。最初の2日間は、設営も客の応対もないから、自宅でゆっくりと過ごすことが可能となる。告別式と翌朝の葬儀、出棺は斎場を利用すればよい。
 なし崩しにことを運ぶのではなく、この際、スケジュールの積極的な見直しが必要だろう。  



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