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現代葬儀考 45号 碑文谷創


 葬祭業者の中には、葬儀後の遺族へのアフターケアに注目するところが多くなった。いくつかの業者は遺族のケアに取り組む。この仕事をする人を「グリーフワーカー」と称するのを見たことがある。これはたぶん「遺族のグリーフワークの援助者」という意味をもたせたいのだろうが、ちょっと考え直したい和製英語である。

 グリーフワークはさまざまに訳されている。「喪の仕事(作業)」「悲哀の仕事(作業)」などが代表的である。
 グリーフは辞書によると「(グリーブの名詞形)深い悲しみ、悲嘆、悲痛」とある。グリーブはラテン語「重くする」の意味からきた語で「深く悲しむ、心を傷める」の意味である。描写的に言うならば「胸が切り裂かれるような心痛」がグリーフなのだろう。
 このグリーフを身近な者との死別の悲しみのときに用いる。別な言い方をするならば、身近な者との死別はグリーフ、心が傷むような深い悲しみをもたらす、ということである。
 ワークは「仕事、労働、勉強、任務、職業、製作、作用、働き、作品」などと幅広く使われる言葉である。辞書をよく見ると「努力して行う肉体的・精神的な仕事」とある。グリーフワークは努力して行う肉体的な仕事ではない。精神的な仕事である。では単に精神的な仕事かというとそうでもない。悲嘆はしばしば心の痛みが高じて、肉体的変調を招きかねない。また、しばしばグリーフワークは肉体的な作業を媒介として営まれることすらある。
 したがってグリーフワークとは、思い切って説明的に訳すならば「配偶者や子供といった家族など身近な存在の死別を体験し、深い悲しみに陥った人が立ち直るまでに努力して行う心の作業」となるだろう。

 配偶者を喪ったある男性は、葬儀は何とか無事に済ませたが、何もする気が起きず、呆然とした日々を過ごしていた。アルバムの整理をしていたことがきっかけだった。始めはアルバムの写真が散失しないように説明をつけようとした。そのうち、短い説明だけでは不充分となり、いつの間にか妻の一代記になっていた。
 妻との最初の出会いから始まり、共に歩んだ生涯を詳しく記録した。それだけでなく、彼の知らなかった子供の頃のこと、友人たちとのつきあい、活動を調査し、さまざまな人に出会って取材して記録した。その仕事は二年以上かかった。
 思い出すたびに涙がこみ上げ、筆が止まったことも再三であった。昔のことでもっとあの時彼女にしてやればよかったのにと悔いたり、古い昔の自分の軽口を思い出して取り消したいと願ったり、作業は苦しみを自らに向けるものとなった。彼女の部屋は生きていた時のままにされていた。夜に寝ようとすると彼女の不在が胸に突き刺される想いがして、夜は起きていて、昼間にソファーの上でまどろんだこともあった。それは、わざわざ悲しみを深くするための作業と思われるくらいであった。
 親しい友人は彼の辛い作業を見ていて、思わず中止をし、早く妻のことを忘れるようアドバイスしたほうがいいのではないかと悩んだ。だが、死んだ妻のことだけに目を奪われた彼の姿は全てを拒絶するものだったので、友人は黙って見守らざるを得なかったという。
 作業が半ばを過ぎたあたりになってから、彼は少しずつ元気になっていった。喪失感を上回って、彼女との生が、いかに自分を豊かにしてくれたことかを実感し始めたからだ。彼女の友人たちから聞いた楽しい思い出話は彼の心を慰め、癒してくれた。
 彼がようやく作業を終えた時、彼は見事に立ち直っていた。彼女の生が意味深いものであったことを、つくづくと、心の襞に届くまでに実感できていた。自分がいかに助けられたかも実感できていた。それだけではない。彼は以前はどちらかというと自分中心の勝手な人間であったが、他人を思いやる優しい感性の持ち主に変身していた。彼を知る人は彼の目がやわらかくなり、彼が変わったと話し合ったほどである。
 これがグリーフワークである。

また、配偶者を喪った妻は、毎朝、毎夕仏壇に線香と食事を供し、しばしばその前で亡夫に語りかけた。ある時はなぜ死んだのかと呪いの言葉を投げつけ、ある時はその日の出来事をつぶさに報告し、一人遺された寂しさを死者にぶつけた。これもまたグリーフワークである。
 愛する子供を喪って悲しみにうちひしがれていた人が集い、その悲嘆をぶつけ合い、共に慰め合う試みは生と死を考える会をはじめとして各地でとり行われるようになっている。これもグリーフワークである。
 親を喪った子供が、自分ですらはっきり自覚できない痛みを絵を描くことで表現したり、壁に向かってボールを投げつけストレスを発散したりするのも、これは子供が行うグリーフワークである。
 配偶者を喪った人が、死者の供養を願って四国のお寺参りをするのも、これまたグリーフワークである。
身近な人を喪った人はしばしば自らに辛い作業を課し、没頭する。それは他人に強いられてではなく、自ずと悲しみに引きずられるようにして。そうせざるを得ないほどの苦しみ、悲しみがしばしば死別の体験は強いる。

 グリーフワークは、努力して行うといっても、多くの場合、最初からその人は努力しようとしているのではない。だが、その辛い悲嘆の底から回復する作業は、人間がもつ大きな回復力を示し、向上していくさまは、自然な努力とでも言いたくなるものである。
 妻の一代記を自らのグリーフワークとして行った彼にしても、回復を目的として行ったものではなかった。妻の死を直視し、悲しみを避けずに、まさに「悲しむ作業」として行った結果であった。

「死別の悲嘆は愛したことの証明」という言葉がある。あるいは「愛する者を喪うことによる悲嘆は自然なこと」という言葉がある。
 心を深く結んでいた存在が喪われた時、あるいは助からないと告げられた時、心は傷つく。肉体の一部が怪我をして傷めた時に痛さを感じることが自然なのと同じくらいこれは自然な現象である。
これはちょうどガンに侵された患者が死の宣告を受けて心が傷つくのと似ている。自らが喪われることの悲嘆と自らの生活の一部となっている者が喪われることの悲嘆は類似している。

キューブラー・ロス、野田正彰、デーケン氏らの描いたことによると、その悲嘆は 1衝撃、 2否認、 3パニックや怒り、 4抑鬱と精神的混乱、 5死別の受容──というプロセス(このとおりとは限らないという前提で)をもつ。
死は死ぬ者だけにくるのではない。死は愛する者にもくるのだ。そして自らの死は死ぬまで生きているのだから体験不可能なことなのだが、死に至るまでの精神的な辛い体験は遺される者にも襲いかかる。それが死後も続く。遺される者は死後を体験する。悲しみ、苦しみが遺される者を襲い、しかもしばらくそれは続くのである。

 東アジアには泣き女の習俗がある。しばしばこれは悲しみの大きさを伝え、葬式の大きさを示すものであるが、このような習俗が示すものは、死別が悲嘆を伴うという事実である。それが社会的に表現されるとさまざまな意図に利用されていくが、根拠となっているのは、あくまで悲嘆が事実であり、自然なことである。

 悲嘆は、その喪失がかけがえのないものであった時に起こる魂の叫びである。その喪失が受け入れ難いものであればあるほどその悲嘆は深く、強い。表面的には静かに納得できているようではあっても心の奥が傷つき、夜の孤独に、あるいはふとした光景を目にして吹き出すことがある。
 悲嘆はしばしば排他的である。自分にとってのかけがえのない存在の喪失は他人にはけっして理解できないものとの想いを強くし、他人の安易な同情の言葉に傷ついたり、反発する。ある時は、どうせ理解されないのだからと孤立の中に自らを追いやる。
 しっかりしなくてはと自らへ規制を強くするあまり、悲嘆を心の奥に閉じ込め、平静を装ううちに無感動になったり、傷が出口を塞がれ、内部で裂け目を強くし身体の変調を招くこともある。

 悲嘆は悲嘆によってのみ癒される。悲嘆はその想いを表出し、悲しむという作業(=グリーフワーク)を通じて癒される。適切なグリーフワークを行うことによって悲嘆の中にある者は回復に至るが、グリーフワークが歪められたり、悲嘆が抑圧されたりすると、その悲嘆はいっそうその人を傷つける。
 時間はしばしば回復を援助する道具になるが、単に時間だけが働いたのではなく、そこで自覚するかしないかにかかわらず何らかのグリーフワークが行われていることが多い。グリーフワークの不在あるいは適切でないグリーフワークは、時間による解決を不能にし、むしろ傷口を深くすることさえある。
 自らの悲嘆に立ち向かわずに忘却に任せたとき、一見自然治癒に見えながら、それは心の奥にトラウマ(精神的外傷)として抱えることとなり、自覚のないままにその人を歪めることがある。
 親を亡くした子供が、無邪気さのあまりその心の奥に確実に感じている悲嘆を大人たちに放置された結果、成人してトラウマが疼き、他人の悲しみに無感動になったり、依頼心の強い自立した自己形成を困難にさせたりすることもある。

 グリーフワークと類似した表現が日本語にある。「喪に服す(服喪)」という表現である。
 だが、これには多少の違いが見られる。グリーフワークが遺族が行う内面の作業が中心であるのに対して、服喪は外面的であり、儀礼的である。遺族は遠慮して身を慎むことを勧められる。遠慮するのは死の穢れに染まっているからである。服喪が儀礼的ということで言えば、英語ではこれにモーン、あるいはモーニングが該当するだろう。
 儀礼として遺族に服喪が勧められるのは社会的な要請であるが、それが受け入れられたのは、遺族にとっても服喪に根拠があると理解されたからである。服喪を心の中で遺族自身によって受け入れられたときそれはグリーフワークに転じる。まさに喪の作業になる。服喪は社会的に保証されたグリーフワークであり、グリーフワークの社会からの承認であった、と理解することができるだろう。

 服喪はまた、日本にだけあるのではなく、世界各地に見られる。服喪の必要性の認識の拡がりは、死別の悲嘆の大きさが広く認められていたことを示す。
 近年、服喪の形骸化が進んでいる。七日ごとの儀礼は簡略化され、四十九日、百カ日、一周忌、三回忌もその内面的な意味を失い、単にしなくてはいけない外面的な儀礼となりつつある。悲嘆がどんどん疎外され、孤立化を強いられているように思う。
 知人の僧侶に聞くと、最近は法事の省略が多いらしい。法事の省略だけで儀礼の衰退と嘆く必要はない。問題はなぜそうなったかだ。つまり服喪が内面的な必要性を失ってしまったからだ。内面的な必要性を失った儀礼は、そのうち外面の儀礼を浸食していく。その時になって外面の取り繕いをしても遅い。
 服喪に関して言えば、内面のグリーフワークの必要性の認識、これに対する社会的共感を取り戻すことが問題なのである。儀礼の形骸化、省略そのものはどうでもよい。

 グリーフワークに対してグリーフケアという言葉がある。悲嘆にある者に対してケアするということである。
 このグリーフケアは易しい作業ではない。悲嘆にない者が高見からケアしようとしても、慇懃に拒否されるか、無神経さに反発されるか、黙って遠ざかられてしまう。それだけならいいが、しばしば悲嘆にある者の傷口を拡げる。ケアしようとした人間は好意で、癒してあげようと係わったのに、結果は癒しどころかグリーフを深めることになりかねない。
 ケアは悲しみや不安にある人に対して心から配慮して係わることである。ある人は「寄り添う」ことだと言う。
「ケアする立場にある人は、自分が大切な人(親、配偶者など)を喪った時のことを想起しなさい、もしそうした体験がない場合には、自分が今最も愛している存在を喪ったら自分はどうかということを想像しなさい」と勧められる。同じ死別体験者同士の交わりが効果があるのは、悲しみを共有しているからだという。悲嘆、心の痛みに対しての共感がある時のみ心は開かれる。
 だから必要なことは立ち直るための助言や指導ではない。心を開くために暖かな紅茶を用意してあげたり、孤独ではないと手を握ることであったり、黙って心の傷を吐き出すのに耳を傾けることであったりする。それぞれに応じて抑圧や制約を取り去り、解き、悲しみを胸の内から引き出し、悲しむことができるように環境を用意するくらいのことである。もし自分がその悲嘆の中にあったら他人にしてほしくないことをしないことである。

 死も死別も他人事ではない。悲嘆に対する深い共感がないところにグリーフケアは存在しない。
 葬儀はグリーフケアの機能があると言われる。それは葬儀のもち方、係わる者の態度が適切だったときである。反対にグリーフワークを阻害することもある。そして葬儀は遺族にとってグリーフワークの始まりとしてあり、終わりではない。             



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