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現代葬儀考39号 碑文谷創


 米国の葬儀を本人が生前に契約しておくシステム「プレニード」を「生前契約」とよぶべきか「生前予約」とよぶべきか。筆者も当初は「生前契約」と書いていたが、最近のものでは「生前予約」と書いたものも少なくない。混乱状況に加担したとの自責をこめてこの問題を整理しておきたい。

 日本の文献にプレニードが最初に登場するのは米国で葬儀を学んで帰国した鈴木英雄氏が一九八一年に刊行した『アメリカの葬儀現況』(自費出版)が最初ではないだろうか。氏は「生前に自分の葬儀社または、この制度専門取り扱い店との間であらかじめ契約しておき、自分が死亡した時に効力が発生する契約制度」と規定し、「生前葬儀予約制度」と名づけている。
 九一年に米国の巨大葬儀企業であるSCIを日本に紹介した長江曜子氏は「生前契約」と訳した(本誌通巻三号)。また、米国のプレニードシステムを最初に本格的に研究し日本に紹介した大橋慶子氏は、九三年に「葬儀の宗教的選択、葬儀を託す者の指定、葬儀の規模や方法、火葬・埋葬・散骨の別など自己の死後の葬儀に係わる詳細を指定し、文書にして、必要経費を添え、その書類と経費の管理を葬儀社などに依頼しておく契約システムのことである」と規定し、「生前契約」詳しくは「葬儀の生前信託契約」と訳した(本誌通巻一五号)。

 実際のシステムとしては、九三年末に誕生したLiSSシステムが「生前契約」と名乗った。これに対し、九五年七月に発足した日本FAN倶楽部は「生前予約」、続いて同年一〇月にスタートした全葬連のif共済も「生前予約」と名乗った。
 主な事実経過としては以上である。

 LiSSとFANは、「契約」へのスタンスがLiSSがより厳格という異なりはあるものの、いずれも「契約」を条件としていることは共通する。だが、この名称の違いが問題を混乱に陥れる原因となっている。
 筆者も「生前契約」「生前予約」を異なるものとしては理解していなかった。二通りの訳語があるくらいの理解であった。

 だが、問題は言葉の一人歩き現象が起きたことである。「契約」を条件としない「生前予約」という概念が現れたのである。
 日本語の「予約」という言葉は「前もって約束すること」という意味である。航空券の予約では予約解消はペナルティとして手数料を取られることからわかるように、国際的ルールとしては予約であっても明らかに契約であるが、日本語の「予約」はここまで厳格ではない。いい悪いの問題ではなく、欧米とは異なり、共同体社会を基盤としているので契約的な厳しさが要求されない社会風土であるからだ。
 日本の社会風土を理解するなら、プレニードはあくまで「生前契約」と訳されるべきであった。「互助会だって生前予約」などというトンチンカンな誤解が生まれないためにも。

 そもそもはプレニードに対する理解が不充分であったことが原因なのであるが、多くの葬祭業者は「生前予約システム」を「事前顧客獲得システム」と理解し、この結果、本来の生前契約の概念に合わないさまざまな「生前予約システム」が登場するところとなった。これが現在の生前契約あるいは生前予約を含む状況と言ってよい。

 これが問題となったのは、三月末に行政で最初の葬儀に関する本を作った東京都生活文化局『わたしたちのデザイン─葬送─』の編集過程においてであった。「生前契約」「生前予約」という名称の異なるシステムが併存することに注目し、消費者が誤解を招かないように「生前契約と生前予約の違い」というコラムを設けようとの提案が行われ、これをめぐって編集委員の間で議論になった。提案者は最初は「契約を伴うのが生前契約」「契約まで伴わないのが生前予約」と区別しようとしたのだと思う。

 結論としては、消費者のニーズに合わせてさまざまなシステムがあっていいとして、これらを総合して「葬儀の生前準備システム」とよび、その中で「生前契約」は三つの条件( 1「葬儀の内容を詳細に決める」、 2「 1を実施するにあたっての費用の支払い方法を明確に定める」、 3「 1、 2の内容を記述して生前に契約書を取り結ぶ」)が備わったものと定義した。

 私が要望したいのは、契約を条件としないシステムまでを安易に「生前予約」と称することはやめてほしい、ということである。本来は「生前契約」も「生前予約」も(当然にも日本と米国では社会環境、法律的条件も異なることから日本的展開が必要ではあるが)「プレニード」の訳語から出発しており、その基本は「契約」であるという事実を理解してほしいと思う。

 プレニードは米国でも葬祭業者にとっては顧客獲得策の一つである(安定顧客を確保するために施行の三割はプレニードの客であることが経営の指標として勧められている)が、基本はあくまで消費者への保証なのである。だから多くの州でプレニード預金の金利への課税免除までしているのである。

 今、日本社会では高齢化、少子化が急激に進む中で高齢者世帯が急増加している。核家族化の中で、子供がいても子供の世帯に葬送で負担をかけたくないとする高齢者も増加している。自分の意思か余儀なくされてかは別にして、本人自ら葬送の始末をしておきたいとする人は現に存在するし、一〇年というサイクルで見るなら将来は確実に増加する。そうした人々の意思を受け取り、契約して葬儀を責任をもって保証するのが生前契約なのである。

 将来に対する責任なのでいい加減なことはできない。費用の支払いも施行が確認された後、契約どおりに施行されなければ費用の支払いは受けられないという条件の確立が必要となる。
 こうしたシステムを準備するには、消費者の意思と利益を守り、保証するという精神の確立と将来にわたる経営責任への強い自覚が必要になる。

 乱脈な老人ホームの経営破綻と入居者である高齢者の困窮がとりざたされているが、広い意味の葬儀の生前準備システムであっても、消費者保護の原則の確立、何よりも企業利益に優先して高齢者福祉としての取り組みの理念の確立が必要だろう。



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