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現代葬儀考38 碑文谷創


 葬儀費用において香典返しは、最近の「その場(即)返し」は葬儀費用に含めることが可能だろうが、三十五日や四十九日を期した「忌明返し」は葬儀費用とは別途と考えられてきた。少なくとも税務上は「忌明返し」は葬儀の費用とは別途と解釈されている。だが、最近は葬儀の「総費用」という概念から「忌明返し」も葬儀の際の香典に対する返礼であるとして、消費経済的には「香典返し」として葬儀費用に算入する考えが優勢になっている。

 こうした事情を背景に、少し葬儀における贈与交換について考えてみたい。
 「贈与」と「交換」は本来は違った概念である。「贈与」は一方的に財を他へ移転するもの。「交換」は一方の財を他の財に移し変えるものである。交換は市場経済を考えるとわかりやすい。Aという商品を手に入れるためにその価値に見合った金額を支払う。貨幣経済が発達する以前は物々交換が行われた。だが、贈与は交換と無関係かというとそうではない。複雑に入り組んでいる。以下、葬儀を例にとって考えてみることにする。

 かつて各家には香典帳が保管されていた。香典は贈与である。しかし、香典を受けた側は、その金額を相手先と共に記録しておき、相手先に不幸があると自分が受けた同額相当の香典を相手先に渡す。これを「義理」と言う。つまりここでは贈与が時間を隔てて交換されているのである。
 かつて、同じ地域共同体に属する人が亡くなったとき、いくばくかの香典(食料が多かった)を持参して葬儀の手伝い労働に参加した。それに対して喪家では、受けた香典以上の飲食を振る舞った。香典+労働に見合う返礼を振る舞いによって行ったと解釈することができる。つまり共同体の成員によって提供される香典+労働という財と喪家が提供する飲食の振る舞いという財を交換したのである。これに感謝の礼という無形の財を加えた。これで終わりではない。さらに香典や労働を提供してくれた家に不幸があれば次は香典や労働を相手方に提供し、ということで地域共同体では贈与交換が円環的に繰り返されたのであった。

 一方による贈与に対して他方が贈与によって応えているから、結局は贈与ではなく交換ではないか、と思われるがそうではない。共同体の成員が喪家に対し労働と香典を提供するのは、飲食の振る舞いを期待しての交換という意識によるものではなく、同じ共同体に属するものとして一員である喪家を襲った人の死という危機を分担しようとする意識からであり、あくまで贈与なのである。また、喪家が共同体の人々に飲食を振る舞うのも提供された労働と香典という財と交換する意識からではない。死者の成仏を願って死者に代わって功徳をなすという「供養」の意識からくる贈与である。しばしば香典を持参しない者、労働を提供しない者に対しても振る舞われたということがそのことを立証している。
 贈与と贈与が結果として交換されるシステムになっていたのは、地域共同体の精神的結びつきの強固さを表していると解釈される。それが「義理」という言葉に現れる。

 地方においては本来「香典返し」という概念は存在しなかったのではないだろうか。「香典返し」という言葉は交換そのものではないが、極めて交換色が強いものである。各地の郡部における「香典返し」を見てみると、ハンカチなどの「会葬返礼品」的な簡易なものから、大げさにも見える、明らかに振る舞いの延長上にあると見られるもの、都市と同じもの、とさまざま。戦後の都市化の進展により、都市から「香典返し」という概念を輸入して接ぎ木したという感じなのだ。

 都市における香典と忌明返しはどうであったろうか。
 香典は「弔意の表明」である。喪家との関係、弔意を示す者の立場によって弔意の尺度である香典の金額が異なる。地域共同体が喪家のリスクを分担する二人称(身近な者)と三人称(他者)の中間的な二・五人称的係わりであるなら、都市ではあくまで第三者に対する三人称の係わりである。「礼」として行われるものであり、「贈与」ではあるが、喪家に対しても暗黙のうちに自分の礼に対する礼を求めている。つまり何らかの「交換」を期待している。「礼」とは基本的には第三者間のツキアイを円滑に処する知恵である。

 明治期に確立した都市の香典返しは「忌明返し」という形態を生んだ。香典という礼に対してすぐ品物でしかも全額相当を礼をするのでは、相手の贈与という満足感を損なう。期間をおいて、半額程度の品物で礼を行うのが奥ゆかしいと考えられたのである。
 しかも建前は交換ではない。香典は全額いただいたという形をとる。相手の贈与意識を完成させる。忌明には、香典とは建前上は全く無関係に、「皆様には葬儀の際には弔問いただき、ご厚志をたまわり助けていただいた。無事に忌明を迎えることができた。その報告とお礼の気持ち」として「志」として礼を返す。「ご厚志」つまり「ご香資」=香典であるところがミソ。
 社会的立場は別として、葬儀の場合に弔問し、香典を贈与する側は気持ちとしては上の立場にある。贈与されるほうは不幸にあっており、立場は気持ちとしては下である。したがって下が上に対して同等ではむしろバランスがとれない。半分くらいがむしろ礼のバランスがとれる。交換が半額程度で行われるのはこのためである。
 これが江戸期の武士社会を経由して明治期の都市住民に定着した「香典返し」の習俗である。贈答儀礼文化の影響を見事に受けたものであり、本来の葬儀文化を発祥とするものではない。よく贈答儀礼の代表として香典返しが取り上げられるが、贈答儀礼が葬儀に影響を与えて香典返し習俗を生んだと言えよう。

 地域共同体の香典(返し)と都市における香典(返し)とは同じ名称ながら性格が異なったものであった。
 昭和五十年代に誕生した「その場返し」が今首都圏を席捲している。「金額に応じて返すのはおかしい」「後からの返礼はめんどう」という論理立てをしているが、都市と地方間の概念の混乱に合理性が加わり、その実はギフト商戦の産物である極めて現代的な新種の贈与交換である。  



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