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運命の出遇い  


 アカデミー賞の作品賞はじめ八部門の賞を総なめにした「スラムドッグ$ミリオネア」という映画をDVDで観た。
 物語は、インド・ムンバイにある最大のスラム、ダラヴィでウェイターをしている一八歳のジャマール・マリクという名の主人公が警察に連行されるところから始まる。逮捕の理由は、ジャマールがクイズ番組に出演して一五問全問正解し、賞金の二千万ルビー(約四千万円)を勝ち取ったのだが、まともに学校にもかよっていないウェイターが、われこそはと登場した学者や知識人が脱落していくなかで、すべての質問に答えられるわけがない、不正を働いたに違いないと、番組の制作会社がジャマールを訴えたことによるものだった。

 逮捕されたジャマールは警官を相手に真相を話し始める。物語は一五のクイズを順に振り返り、ジャマールがなぜ正しい答えを知っていたのかを解き明かす形で展開されてゆく。その展開の中で、政治腐敗、経済格差、レイプ、売春、児童虐待、ヒンズー教とイスラム教の対立など、インドが抱える現状をありのまま映し出してゆく。

 実に見ごたえのある映画だった。観終わって気づいたのだが、ファイナルアンサーが正解となるたびに、観衆は総立ちになり、歓呼の喝采をしているのに、主人公のジャマールは冷静な顔をしていた。その顔は本木雅弘君が「おくりびと」でアカデミー賞を受賞した時のはにかんだ顔と似ていた。

 私は原作を読むべきだと、さっそくヴィカス・スワラップ氏の『ぼくと1ルピーの神様』(ランダムハウス講談社刊)を取り寄せて読んだ。映画は原作を忠実に描いていることを知った。そして主人公の舞い上がることのない冷静な顔のこともわかった。

 彼は賞金を目的に「クイズ$ミリオネア」に出場したのではなかった。探し求める初恋の人がテレビを見て現れ、再会することができないかとの思いが出演の動機であった。だから脱落することなくテレビに出続けたかった。まともに学校にもかよっていないスラム育ちのウェイターが、一五回もの質問に正解して史上最高額の賞金を勝ち取ったのは、その問題の全てが偶然にも彼の波乱に富む人生の体験そのものだったからだ。他に答えようもない人生の答えであった。原作者のスワラッブ氏は「それは運命であった」と締めくくっている。
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 私が『納棺夫日記』を著したのは一六年前の一九九三年であった。少し知られるようになった頃から講演を依頼されるようになった。最初はその講演依頼のほとんどは浄土真宗系の寺院であった。それは私が住む富山県は葬式の八〇パーセント以上が浄土真宗で行われていて、その風土から生まれた作品だったからだった。しかし、やがて宗派を問わず依頼されるようになった。この十数年全国各地で多くの講演を行った。そんな講演先で、僧侶から時々質問されることがあった。「どのようにして仏教を学んだのですか?」とか、「師はだれですか?」とか、「何か修行をされたのですか?」とか問われたりする。そのたびに私は戸惑ってしまう。

 私が『納棺夫日記』を書くきっかけになったのは、法然の逸話に出遇ったことが影響している。その法然の逸話とは、〈大悪人だった男が法然上人に出会って念仏者になった。その男が人に説法したいのだが、俺は学がないから何を話せばいいのかわからないので指導してくれとたずねて来た時、法然は「お前は悪の限りの果てに弥陀の光明に触れて念仏者になったのではなかったか、何か理屈を知って変わったのか」「いいえ」「そうだろう、それならお前が体験したことを話せばいいではないか」と言った〉という。

 私はこの逸話から勇気を得て、『納棺夫日記』を著したのであった。その私の体験がたまたま仏典にある仏陀が説く答えと一致したのであった。あたかもジャマールの人生がクイズの答えと一致したように。それはまさに運命であった。親鸞も言う、「遠く宿縁を慶べ」と。
『ぼくと1ルピーの神様』を読み終えた時、著者のスワラップ氏と会う気がないかと大阪の友人からメールが届いた。今スワラップ氏は大阪インド総領事として赴任しておられる。一六年前インド・ベナレスで〈蛆の光〉を通して本木雅弘君との出遇いがあったように、スワラップ氏と運命的に出遇うことになった。


 『SOGI』114号 青木新門


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