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 「フェスティバル安穏の記録を作ろう」という話が出たのは第五回二日目の散会間際のことであった。井上さんだったと思うが「残念ながら来れなかった人が是非ともテープを聞かしてほしいと言っていた」という言葉に触発されてのことだった。関心はもっても都合で来れなかった人がほかにもいるにちがいない。記録を作れば、このフェスティバル安穏で行われたこと、話されたことのすべてが、参加できなかった人にも共有していただけるのではないか、という願いがあった。

 終了した安堵感もあったが、まだ熱気がスタッフの心を支配しているときであったから、あっと言う間に話はまとまった。出版を業としている私がその宿題を負うことになった。
 編集会議は東京の表現社の事務所で、小川住職が上京する機会をとらえ、在京のスタッフが寄って、頻繁に行われた。深夜におよぶ熱心な話し合いの傍らには常に酒があったが。

 フェスティバル安穏は、言うまでもなくシンポジウムがそのすべてではない。地元の人々も共に集い、参加した法要も、檀家の人たちが裏方に回って熱心に準備をしたことも、あるいは、夜、一部の人の顰蹙をかいながら三々五々に酒を片手に話し合ったことも、気持ちのいい緑に囲まれて憩うたことも含めてであった。編集するにあたり、できるだけいろいろな形での参加者、スタッフの声を反映することに努め、文字化できないところは写真で表現することとした(残念ながら小川なぎささんはじめ都合により原稿が間に合わなかった人もいたが)。そして、表題は編集に参加した者の想いを表現すべく『94妙光寺の夏──老後の自立・死後の自立──』と決定した。

 九四年は「国際家族年」であった。テーマも安穏廟の年来の課題に〈家族〉を重ねて設定したものであった。家族を考えることにより、参加者一人一人が、一般論では対処できない、自らの立脚点や基本的人間関係を問わざるを得なくなり、しばしば発言は重くなった。だがそれだけに、参加者一人一人が課題を自らのものとして集まり、より多くの課題を抱いて散っていった集まりであった。到達した論理があるわけではないが、倫理や規範や一般論の世界ではない、ある確実な問いかけを参加者個々に残したことにおいて意味深い集まりであったと思う。

 このブックレットは、編集の実態は参加者の一員である武田まるみさんに担っていただいたように、表現社刊は仮の名前であり、フェスティバル安穏の集まりそのものが出版の主体となって発する、ささやかではあるが心を籠めたメッセージである。

 (碑文谷 創)


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