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碑文谷創(2008.1)
変わりつつある葬儀の課題

葬儀は明治以来、第4の大きな変化の時期を迎えている。
戦後から言えば、高度経済成長期の変化に次ぐものである。
この変化を概観すると共に、いま葬儀業界が抱える課題、変貌する「葬祭仏教」等の課題について考える。

1.死と葬儀を巡る変化―概観
2.葬儀業界の現状と課題
3.葬儀および仏教の問題と課題

1.死と葬儀を巡る変化―概観

 葬送の世界は、古い慣習の世界だから変化なんかないだろうと思われることが多いですが、葬送の世界は戦後でも大きな変化を2回経験しています。
 その1回目は60年代以降の高度経済成長期代であり、2回目の変化は現在進行中ですが、80年代の末からであり、本格的に変化したのが95年頃からであると言えるでしょう。

■「死」を見る目の変化
 しかし、葬送の世界の変化の前に変化していたものがあります。それは末期医療を巡る現場で、おおよそ1985年あたりから変化が急速化してきました。がん末期患者の尊厳死、キュアだけではなくケアも、という流れは確実に日本人の死生観に変化を与えるものでした。このターミナルケアに対する認識の変化がその後の葬送の変化を導いている一つです。

 その変化とは何か。「死を拒否すること」から「死を認めること」への変化であるように思います。
 その象徴は2007年末のNHK紅白歌合戦でした。死に言及した歌詞が数多く登場しました。その前にも95年頃でしたでしょうか、正月に全国紙が死の問題を大きく取り上げ話題になりました。80年代以前にはおよそ考えられない風潮になっています。

「人間の死亡率は100%」
 です。
 それにもかかわらず、それを全ての人が知っているにもかかわらず、特に1960年代の高度経済成長以降、日本社会は生を謳歌するあまり死を忌避し、それを文化からはじき出してきたのではないでしょうか。

 戦後、医療は著しく進歩し、それまでは死は暮らしの中にあったのが、ほとんどが病院の中へ取り込まれるようになりました。病院では、死亡すると、暗い、人目につかない霊安室に死者は急いで隔離され、裏口からこっそりと運び出される存在となっていました。

■忌避された死、葬儀
 もっと酷かったのは葬送関連です。葬儀社に勤める者は依然、偏見と差別の目に晒され、火葬場は嫌忌施設となっていました。

 死やその後の葬送が忌避され嫌忌されたのには、それなりの理由があったように思います。第二次大戦の大量死により、それぞれが何らかの形で身近な家族、親戚、友人を喪った、あるいは死と隣り合わせになるという体験をしました。それへの怯えが影響してのことであったのではないでしょうか。「戦争体験」とはそれほどに大きなものだったと言えるでしょう。
 戦後復興の間には死者へのリアルな記憶がありましたが、いつしか高度経済成長の波に呑み込まれるなか、暗い記憶を心の奥底にしまい込み、それが死や葬送への過剰な忌避、嫌悪を生んだように思うのです。

 もとより死を穢れとする観念は古くから日本人の中にあったものです。それは中世の文献にもはっきりと記されています。だがそれは、死のもたらす「家族を喪う」という暮らしの大きな、かつリアルな出来事、悲嘆を背景にしたものでした。

 何よりも暮らしの中に死はありました。また、高齢になると「お迎えがくる」と言い、死後の彼岸への確かなイメージがあり、また、盆には「死者の霊は還ってくる」など、死に対しては「恐れ」だけではなく、「親近感」も同居していたのであり、いたずらな忌避感、嫌忌感とは異なっていたように思われます。

■超高齢社会を迎えた死
 60年代以降の死は、自宅から病院へと閉じ込められ、非生活空間へと追いやられました。また、医療の発達により、乳幼児の死、若くしての途中での死も減少、死は高齢者のものへと次第に変化していきました。平均余命は50年が男58歳、女61.5歳であったものが、70年になると男69.31歳、女74.66歳まで上がりました。ちなみに、以降も上昇し続けており、06年は男79歳、女85・81歳です(厚生労働省発表「日本人の平均余命 平成18年簡易生命表」)。

 今や世界有数の長寿国となっています。男はアイスランドに次ぐ世界2位、女は世界一です。
 アイスランドが男79・4歳、女83歳と高く、ヨーロッパは概ね高齢社会となっていますが、一方でアフリカのナイジェリアでは男52歳、女52・2歳というのもありますし、今年(08年)北京オリンピックが開かれる中国では男69・63歳、女73・33歳となっています。

 日本では、高度経済成長期、死や葬送が忌避され、嫌忌されたのと反比例するごとく、葬式は大型化し、会葬者を多く集めるイベントのようになりました。外観的には宮型の祭壇が大型化し、派手に飾られました。会葬者は、子どもの会社の取引先等の、死者本人を知らない人が7割を占めて、平均2〜3百人を集めるようになりました。死者を悔やみ、弔うという本来の葬式の機能を逸脱した社会儀礼へ特化していったように思います。
 
 そのありさまは戦時中にまともに死者を弔うことのできなかったことを贖うかのようでもあり、イベント化することにより死や死別の悲嘆に対峙することを避けようとするためかのようでもあったと映ります。
 儀礼としても、死者を弔う宗教儀礼である葬儀式が軽視され、社会儀礼としての告別式が幅をきかせるようになりました。

 現在「葬儀の小型化」が言われていますが、高度経済成長期からバブル景気に至る時代と比較するのは問題があるように思います。この時代が異常であったと捉えることのほうが歴史的に見ると正当なように思われます。もちろん現在の変化には「個人化」という新しい要素が加わっているのですが。

■墓の変化
 一方墓地は、高度経済成長期以降、大都市の中心部から追われ、周辺地域の自然を破壊しての大規模開発が行われ、「第2の住宅」ならぬ核家族単位のマイ墓ブームが発生しました。
 こうした高度経済成長期以降の死と葬送の世界に大きな変化をもたらしたきっかけは、92年のバブル景気の崩壊であると思います。「成長神話」が崩れ、長いデフレ不況の中で生の謳歌主義が陰を潜め、「大きいことはいいことだ」という感覚も薄れました。医療面では「延命第一主義」が後退しました。そして高度経済成長の陰で進行していた地域共同体の崩壊、マイホームならぬ家族の解体と高齢世帯の増加、そして少子化が大きくその姿を現したのです。

■在宅死は増えるか?
 医療制度においても、戦後、施設治療へと重点が移されましたが、今やそれが限界に達し、在宅治療へと舵がきられました。といっても担うべき家庭は、世帯人員が減少し、高齢世帯の増加、老老介護で介護力を失ったものですから、介護保険による社会的介護へと転換せざるを得なくなりました。

 この社会的介護というのも今や大きな暗礁に乗りかかる事態となっています。病院から追われた要介護高齢者は自宅にも帰れず、「病状安定期にあり、入院治療をする必要はないが、リハビリテーションや看護・介護を必要とする要介護者」の介護を目的とした介護老人保健施設等へ移されつつあります。

 06年現在、死亡の場所は病院79・7%(参考:60年18・2%)と02以降あまり変化していないのですが、1%近く老人ホームや老健施設での死亡が増えています。といっても合わせて3・1%ですから今は少数ですが。自宅で死亡した人は12・2%(参考:60年70・7%)で、前年と同率です。(06年人口動態年報)

■永代供養墓、散骨、樹木葬
 墓の世界では、家(イエ)制度の崩壊により保持することが困難になってきた家墓制度に替わって、1980年代末には承継者を必要としない永代供養墓(公営では合葬式墓地)が出現しました。91年には墓地以外の海や山に遺骨を砕いて撒く散骨(自然葬)が登場して人気を集めるようになりました。

 一方、バブル景気崩壊を機に墓地ブームは霧散し、霊園は不況産業と化した感があります。
墓の個人化そして自然志向はその後も進み、99年には墓石も骨壺も人工物を一切用いることをしない樹木葬墓地が現れるなど、墓の世界は一変し、多様化がドラスティックに進んでいます。

■葬式の個人化
 葬式もまた大きく変化しました。地域共同体や企業が加わって支援する形態が崩れ、個人化が進行したのです。
 平均会葬者数で見ると、91年が全国平均で280名であったのが05年には132名まで、半減以下の減りようです。葬式が小型化してきたのです。
 95年頃から「家族葬」「自由葬」という言葉がもてはやされるになりました。もっとも特定の宗教宗派によらない自由葬は団塊以降の世代には人気でしたが、当事者である高齢者世代がなかなか受け入れるところとはならず、伸び悩んでいます(それでも東京では5%近く占めるようになっています)。だが、もう一方の「家族葬」はすっかり人気が定着し、主流化する勢いです。

■「家族葬」の実態
「家族葬」はこれまでは「密葬」と言われたものです。近親者だけで閉じて行う葬儀のことです。当日は告別式を行いません。秘密の「密」です。もっとも密葬だけで終わらすのではなく、後日に「本葬」と称して告別式を行う例は少なくありませんでした。この密葬は一部の特別な人たち(葬式費用が捻出できない人、本当に隠れるようにひっそりやる人、反対に社葬など大きな本葬を控えている人)のものでしたが、「家族葬」という優しい響きの名前に替わったとたん、多くの人が支持し、選択するものになりました。

「家族葬」には温かく、死者をよく知る人によるお別れというイメージが与えられたからです。
 家族に葬式のことで迷惑をかけたくない、という高齢者、お客の接待でおちおち悲しんでもいられない、と従来の葬式に反発していた人、自分の家族の葬式で他人の世話になりたくない、と感じていた人、死んだ家族とゆっくり時間をかけてお別れしたい、と思っている人、その他多くの人に家族葬は支持されるようになっています。

 もちろん「密葬」から「家族葬」に名前を替えることにより、イメージも拡がっています。本当に家族数人でするものから、家族と親戚だけでするもの、それに本人と親しかった人が加わる場合など人数にして数人から80名ほどと幅があります。最も多いのは40〜60名程度の規模のようです。

「家族葬」は従来の葬式とどこが違うのか、というと、従来は葬式を告知してどなたでも来ていいですよ、というオープンなものでしたが、家族葬は来てもらいたい人にだけに案内することです。
 もっとも60人程度の葬式はあえて「家族葬」と言わなくとも最近はざらにあります。

 90歳を超えて死亡する超高齢者の葬式も珍しいものではありません。長い介護生活を送り、本人の関係者も少ない。喪主となる子ども世代も定年後で、子どもの仕事関係者もあまりいない。親戚関係も濃くない。あえて「家族葬」と言わなくとも会葬者が少ない葬式は少なくありません。

 昭和の初め頃では80歳を超えて死亡する人は全死亡者数の5%未満でしたから、長寿にあやかろうとお祭り気分で近所の人が集まって葬式したという話もあります。だが、今や全死亡者数の47%、もうすぐ半数が80才以上で亡くなる時代です。80才以上、長寿を珍しがってお祝いする雰囲気でもありません。中には死別の悲しみではなく、ようやく面倒が済んだとばかりの安堵感さえ漂う葬式も少なくありません。

 家族葬が普及すると、それに便乗した別の意味合いの葬儀も「家族葬」に含まれるようになりました。
「別に家族が死んだからといってきちんと葬式する必要がない」
という「死体処理」だけを目的とした葬儀も、口当たりのいい「家族葬」という用語に便乗したのです。
 そこにあるのは「死者と充分に別れ、温かく死者を送り出す」というのではなく、単に「安く」「簡単に」葬式を済ませようという考え方です。

 80歳を過ぎた超高齢者の死が増えていることから、後に残った者は「厄介ごとから解放された」とばかりに死者を愛惜する気持ちもなく、葬式を「簡単に」済ませようとするのです。
 今や「家族葬」と言われる葬式を選ぶ動機は、「死者と充分に別れ、温かく死者を送り出す」が半分「単に安く、簡単に葬式を済ませよう」が半分
 というところでしょうか。

 次のような事例もあります。
 田舎に高齢者夫婦だけが残っていて、子どもたちは都会に住んでいる。こうした家族は少なくありません。高齢の親は地域社会や地域の人間関係の中で暮らしている。ところがこの親が死ぬと、都会に住んで田舎に帰るつもりのない子どもたちが、親の人間関係を無視して「家族葬でしますから」と、近隣の故人と親しくしていた人たちの弔問を断り、死者の人間関係を無視した葬式を出すという例です。故人と親しくしていた友人、知人がお別れも送ることもできず困惑してしまうことが少なくありません。

■死語となった「葬儀・告別式」
 2000年になると4つの新しい現象が一般化しました。
 その一つは「葬儀・告別式」という言葉が死語となって、「通夜・告別式」が実態化したことです。片や宗教儀礼を本質とする葬儀式と社会儀礼を本質とする告別式が同時並行に行われるようになり、告別式が葬儀式を乗っ取った形が「葬儀・告別式」で、これは高度経済成長期以降の産物です。ところが会葬者は告別式にではなく、本来は遺族・関係者中心のプライベートな空間である通夜に集まるようになり、「通夜・告別式」が実態となり、翌日は「葬儀・告別式」と称しても、実態は近親者による「葬儀」になってしまっているのです。

 よく新聞の死亡記事で「告別式は近親者で済ませた」とありますがあれは間違いです。一般に開放しないなら告別式はないわけですから「葬儀は近親者で済ませた」と書かなくてはなりません。

■消えゆく遺体の自宅安置
 第二は、遺体の自宅安置が急速に減少したことです。
 これまでは病院・施設で死亡した死者は、一度は自宅に戻り、安置され、一晩は自宅で家族に見守られ過ごしたものです。しかし、90年代から各地に斎場(葬儀会館)が建設されたこともあり、遺体は病院・施設から直接、斎場(葬儀会館)あるいは火葬場の遺体保冷庫に移送されることになりました。
 死者が一度はその暮らしの拠点である自宅に戻ることは大きな意味があったはずです。遺体の安置、枕飾り、枕経…という長年の慣習がいとも簡単に放棄されたのです。

■「直葬」「お別れ(の)会」
 第三は、一部ですが(東京23区で約20%程度)、葬式自体をせずに物理的な遺体処理である火葬のみを行う「直葬」が出現したことです。直接火葬に処するので「直葬」と言います。社会儀礼、宗教儀礼だけではなく、儀礼一切が省かれた葬式です(中には全く何もしないのは抵抗があり、火葬炉前でだけ、あるいは出棺の前にだけ僧侶に簡単な読経をしてもらうケースもあります)。

 第四は、社葬や知名人の葬式における「お別れ(の)会」が普通に行われるようになったことです。死亡直後は近親者だけで密葬をし、その後1ヵ月後などにホテル等を会場に無宗教方式で「お別れ(の)会」をします。ここでは一切の儀礼を行わないで、単なる献花を流れ方式で行うものもあります。

 もちろん、従来どおりの葬式もあります。一方では6千人規模の大規模社葬から一切の儀礼を排した直葬まで、葬式は大きく多様化したのです。1960年代以降は「人並み」の葬式を求めて同じような形態の葬式へ収斂する方向に動きましたが、現在進行形で進んでいる戦後第二の変革期では、個人化、多様化の方向に拡散しています。

■葬儀と宗教儀礼
 ここで葬式を宗教儀礼の面で見てみましょう。
 僧侶の間では「葬式の仏教離れが進むのではないか」という不安感が強くあります。だが、現実に葬儀経験者は、95%が仏教で、2%が神道、1%がキリスト教、「無宗教」と答えているのはわずか1%足らずです。

「葬祭仏教強し」です。でも安心してはいられません。仏教式葬儀を選んだうち3〜5割は特定の寺の檀家ではなく、葬儀のときだけ葬儀社の紹介によって選んだ「とりあえず仏教」派であるからです。「何か宗教を信じている」が23%にすぎないという調査もあります(05年読売新聞宗教調査)。葬式の形式は仏教を選ぶが、実態の信仰はお寒い状況と言えるかもしれません。

 しかし、葬式で宗教儀礼を形ばかりにせよ実際に選んだのが98%近くあるという事実も無視しがたいものがあります。直葬の例でも、かなりの割合が火葬炉前での読経を依頼しています。死の事実を遺族が受け容れることは容易ではありません。そこに宗教の助けを必要としているのでしょう。といっても宗教者が、葬式の場で、遺族の死者への想い、グリーフ(死別の悲嘆)に実際に応えているかと言えば、それは不充分と言わざるをえません。私の感覚では、3割の宗教者は真剣に対応しているが、7割はそうではないように思えます。現実に遺族の寺への不信感は葬儀社に対するものを大きく上回っています。

 また、将来のこととなると危惧するものがあります。
 団塊以降の世代は宗教意識が希薄です。この世代が高齢者の中心世代となる15年後には「とりあえず仏教」派が瓦解し、ファッションとしての自由葬が幅をきかせる事態が来ないとは言い切れないと思います。


2.葬儀業界の現状と課題

■葬儀業界の現状
 葬儀市場の規模は年間1兆円と目されています。事業者数は約6千とされていますが、看板を掲げているだけのものもあり、実質4500程度ではないでしょうか。

 平均的な事業者は年間150件の葬儀を取り扱い、1件の売り上げ平均が約150万円です。
 よく「単価が下がった」との意見を聞きますが、経済産業省「特定サービス産業動態統計調査」を見ると、1事業所あたりの売り上げは減少していますが、総売り上げを総取扱数で割って算出すると、むしろ漸増傾向にあり、06年で152万円となっています。競争は強化されたが、市場は拡大基調にあります。しかし、葬式の個人化、小型化現象が進んでいますので、この勢いがいつまでも続くわけではないと思います。

 葬祭事業者全体では、いわゆる中小零細の事業者が多数を占めています。
 葬祭事業者で古いところは江戸時代の創業というのもありますが、これは全国で五指にも満ちません。戦前からの創業となると事業者全体の3分の1、圧倒的多数が戦後の創業、しかも高度経済成長期以降に誕生しています。

 葬祭業は、90年代以降大きな変革期に入りました。それは自宅で葬儀が行われなくなり、斎場(会館)での葬儀が多数派になったことによるものです。  60年代に現われ、80年代から注目され、90年代以降に本格化した斎場ブーム。消費者のニーズに後追うような形で凄いスピードで全国を席巻し、今や斎場葬が当たり前になり、葬儀業の業態を大きく変えました。自前で斎場(会館)をもてない中小零細事業者は淘汰される傾向にあり、資金力のある大手事業者の優位が顕著になりつつあります。

 斎場も初期は大型会館がもてはやされましたが、今は小さなエリアごとの小さな会館の時代となっています。それぞれの会館の特徴はあるものの、立派さよりも寛げることが求められているように思われます。
 取り扱い件数で見ると、冠婚葬祭互助会が47%、専門事業者が38%、農協が13%、その他2%という割合になっています。

 葬祭事業者の提供するものも、かつては棺、祭壇という物品だったのが、今では「サービス」という名の役務の提供が中心を占めるようになりました。品目では依然物品中心になっていますが、ハードとソフトの比はハード4、ソフト6と完全に中心が変化しています。これが消費者にとっては見えない、他社との比較が容易にできない原因の一つになっています。誤解のなきよう付言しておきますが、ソフトであるサービスが中心にたってきたというのは、より必要な遺族サポートに力点が置かれることになったことであり、葬祭業の近代化を表しています。消費者も物品の価格だけではなく、サービスの中身を評価する必要が出てきていることを表しています。

■葬祭業者の選択
 葬儀の価格が今ほどクローズアップされた時代はありません。それは葬儀の消費者が葬儀に対して素人になったからです。昔は近所で葬儀があると手伝いに行っていましたから、葬儀の様子も費用も承知していました。今では葬祭業者に丸投げ状態で、しかも身近な葬儀は10年に1回程度、しかもこの間葬儀は大きく変化しており、「葬儀の常識」というものが通用しなくなっています。

 公正取引委員会が05年「葬儀サービス取引実態調査」を発表しました。
 そこで注意されたことは2点あります。
 一つは病院指定業者による不法な営業です。病院では葬祭事業者の指定制度をとっているところが少なくありません。生きている間は治療の対象ですが、死と判定された以降は医療の対象ではありません。そこで遺体の霊安室での管理や自宅への搬送については葬祭事業者の仕事とされ、指定を受けた業者のみ病院内に出入りすることが許されます。しかも葬祭事業者に支払われる費用はあきれるほど安価であり、多くはむしろ葬祭事業者がお金を出して指定業者になっています。その理由は、病院が経費を抑制したいこと、葬祭事業者にはまだ葬祭業者が決まっていない家族から葬儀を受注する可能性があるからです。

 この病院の指定業者になるために、かつては「病院戦争」とも言われた激しい競争が行われました。しかし、現状では沈静化の方向にあります。葬祭業者を事前に決めている家族が多く、病院指定業者の葬儀本体の受注率は2割を下回り、葬祭事業者にとって効率の悪い営業になっているからです。

 公正取引委員会から違法性が指摘されたのは、病院指定業者が「その後の葬儀サービスについても、当該遺族を霊安室に引き留め、説得するなどして、自己との取引を強制的に促すといった事例」です。
 病院指定業者が病院と契約しているのは霊安室の管理、遺体の移送に限定されます。その後の葬儀サービスをどこに委託するかは死亡した患者の家族の自由意思によります。これを指定業者が自社に委託するよう強制することは独占禁止法上の問題(抱き合わせ販売等)に抵触するのです。

 もう一つの葬祭業者選択の問題は、景品表示法上の問題です。葬儀の価格に対して消費者の関心が高まるとともに、他社と正当に比較し、証明可能な形で「安い」と広告するのではなく、何らの根拠もなしに「安い」と広告する例が増えてきています。また基本葬儀料だけが50万円で、その他変動費と言われる料理や返戻品、それにオプション費用等がかかるにもかかわらず(一般には葬儀社への支払い総額は基本葬儀料の1・3〜2・5.5倍になります)、「葬儀が50万円でできます」等の表示も見られます。これは「提供される情報が不当に顧客を誘引し、公正な競争を阻害するおそれがあると認められる表示」となります。

 葬儀サービスの実態が変化しているからなおさらです。葬儀サービスは、祭壇、棺という物品のサービスだけでは比較できません。その役務サービスを含めた比較がなされないと正しい比較はできないのです。これは葬祭事業者だけの問題ではありません。消費者もまた祭壇等の物品の提供に対してよりも、親身になった相談等のサービスに価値を置くようになってきているのです。

■求められる情報開示
 葬儀サービスにだけ求められることではありませんが「料金・サービス内容について事前に消費者に対し詳細な情報提供を行うことは、消費者の適切な商品・サービス選択を確保する観点から望ましい」ことです。

 葬儀というのは日常的に利用するサービスではないため、消費者は事前に情報をほとんどもっていないのが実情です。そのため、よりわかりやすい情報提供が葬祭業者には求められています。
 しかし、葬祭事業者の側からの情報提供は遅れていると言わざるをえません。「価格表・写真付きカタログを事業所において配布」しているのが、ようやく過半数を超える54.5%にすぎないからです。

 葬儀を葬祭業者に依頼するにあたり見積書が出されるのが本来ですが、見積書を交付している事業者は73.3%にすぎません。さらに問題なことは、同時に調査された消費者モニターの結果では、さらに低い64.2%となっていることです。葬儀の依頼は家族の死亡直後で家族が動揺している時期です。よほどきちんと説明しないと消費者は見積書を受け取ったのか、さらにその内容まできちんと理解できているかは危ういのです。

 07年に総務省近畿管区行政評価局「葬祭業の取引の適正化に関する調査結果報告書」が出されましたが、その基調は「説明しているだけでは駄目、消費者が理解する必要がある」というものです。葬儀の場合の消費者は「遺族」という特殊な状況にあります。その遺族に理解してもらうというのは特別な努力が必要となります。
■追加料金が発生することへの説明
 葬儀費用というのは見積書で確定するものではありません。例えば、通夜の晩に斎場(会館)に泊まる親族の数を5人と見ていたのが、当日になったら8人になったとすれば、貸し布団や寝具セットが各3人分追加となります。これが追加料金と言われるものです。

 冷静に考えれば、こうした当日の状況により変動し、追加料金が発生する可能性は理解できるのですが、葬儀の慌しい状況ではこのことが充分に消費者に理解されません。こうした遺族の心理状況も理解したうえで、葬祭事業者には丁寧な説明が求められます。

 追加料金が発生する事例を挙げておきましょう。
-1-会葬者数が予測を超えたため、会葬返礼品が多く出た。
-2-通夜後や葬儀後の会食への出席者が予想数を超えたため料理や飲み物が追加された。
-3-当日の天候が雨になり、会葬者の待機場所にテントを張った。
-4-当日寒かった(暑かった)ために冷暖房機を急遽追加した。

 上記-1-,-2-の例では、遺族は会葬者数を少な目に見積もる傾向があるので、事前にきちんと説明しておく必要があるでしょう。
 上記-3-,-4-のケースでは、当日の天候が変化した時点で、遺族代表にテントを張るかどうか、冷暖房を追加すべきかどうか、追加する場合には追加料金がどれだけ発生するか、相談、説明し、了解を得ておく必要があります。
 こうした追加料金については「説明があり、納得できた」とする消費者は67.8%にとどまりました。納得度は低いと言わざるをえません。

■心づけ等の説明
 葬儀では古くから「心づけ」を霊柩車の運転手、火葬場の職員、料理の配膳人、葬祭従事者等へ渡す慣習がありました。現在では公営の火葬場の場合には心づけを受け取ることが禁止されており、葬祭従事者の場合も受け取りを禁じている会社が多くなっています。

公正取引委員会は、心づけについてその慣習があることを情報として知らせることはいいが、合わせて「支払い義務のないこと」も説明するように求めています。  心づけの慣習には、「皆がやりたくない仕事をやってくれるのだから」という理由がありました。しかし現代では仕事に貴賎はなく、どんな仕事も社会が必要とする仕事は価値ある大切な仕事、という認識が広まることが望まれます。その意味では、長く続いた慣習ですが、心づけを撤廃する時期にきたようにも思います。

■比較できる見積基準
 これから葬儀業界が求められている一つは「消費者の選択権の尊重」です。
 そのためには消費者が葬儀業者を選択できるようになっていることが最低条件です。
 しかし今A社とB社の見積書を見比べて比較するというのは玄人でも困難です。同じ条件で見積を依頼しているにもかかわらず、表現が異なるのです。
 こうした「比較できない見積書」を放っておくことはできない状況にあります。すでに総務省は高齢社会により社会的需要が高まった葬儀市場に対して、「消費者の理解できる基準の作成」を求めています。
「安く見せよう」ではなく、情報を共通の基準で出して、消費者がそれぞれの事業者のサービスの内容と質を理解して選択できるようにしなければならない状況にきています。

■葬儀サービスの質
「葬儀業が幕張、祭壇等の設営からサービスの時代になった」とはよく言われることです。
 古くは焼香後の参列者へのお茶やおしぼりの提供から始まり、今では「ホテル並み」の接客サービスが課題となっています。
 あるいは「感動を与える葬儀」が唱えられています。
 
しかし大切なのは遺族の心情を理解し、配慮した細やかなサポートです。この点では、今の外見的にはスマートなサービスよりも、昔の「葬儀屋」と言われた時代の人たちの心意気が勝っていたということがあります。
 葬儀は遺族にとって、通夜や葬儀式という「点」ではなく、看取りから始まる「プロセス」であることは、葬儀に携わった者は充分に理解していることです。

 必要なのはイベントとしての盛り上げるのことではなく、遺族のプロセスに寄り添うことなのです。そして遺族が「自分たちが(葬儀社が、僧侶が、ではなく)死者を送った」という実感をもつことなのです。

 死の起こる状況もさまざまであり、死者も固有、そして遺族は多様です。故人を囲む人間関係も多彩です。それゆえ同じ葬儀は二つとはないのです。
 葬儀というのは死者を弔う大切な務めです。しかし悲しみの中できちんとした消費者行動がとりにくい状況で発生するものです。葬祭事業者のいっそうの改善が求められます。


3.葬儀および仏教の問題と課題

(1)日本仏教の抱える問題点

■葬儀・墓における寺への悪口
以下のような「悪口」を耳にします。
-1-戒名料・院号料が高い
 いわゆる「戒名料」という問題が出てくるのは60年代以降です。それまでは篤信家だとか、社会的地位が高かったり、檀家総代の家であったりして寺の維持に貢献した人に対してだけ、特別に寺側の意思で院号が与えられたのが、戦後の高度経済成長を背景に「お金を出せば誰にでも戒名を授与」という風潮が出てきました。経済の民主化の産物でもあると思います。戦後の農地解放により寺の財産も疲弊化し、その代替の財源ということで寺にとってっも都合がよく、お金を出せば庶民でも院号をもらえるようになりました。

 全日本仏教会は「戒名料、院号料とは言わない」と宣言しましたが、それを「お布施」と言い換えようが、現実には問題があります。東京都生活文化局の葬儀に関する調査を分析すると、寺院費用の平均は40〜50万円ですが、特別な戒名をもらっていない人は20〜30万円なのに対して、院号のついた特別な戒名のついた人の平均は60〜80万円です。差額が40万円以上あります。

 東京のあるお寺での話ですが、葬儀を檀那寺に依頼しようとしたら、「お宅は代々院号がついている。70万円出さないと葬儀をしない」とはっきり言った僧侶もいます。
 もちろん、僧侶もいろいろで、私の知っている僧侶は40万円包んだ喪主に半分の20万円は返して、「お寺との付き合いは葬式だけじゃないのだから、無理をしないでいい」と言いました。

-2-わからないお経に退屈
 最近よく聞かれるようになったのが「お葬式って何やっているのかわからない」「わからないお経を聞かされて退屈する」という意見です。
 これに対して、最近では式次第を解説付きのパンフレットを配ったり、式衆のお一人が解説を交えて進行する例も見られるようになりました。

-3-火葬場についてこない
 多くの僧侶の方々は火葬場までついて行かれますが、ついて行かれない場合には大変な反発を呼びます。火葬前というのは遺族は遺体との最後の別れの時で精神的に不安や動揺を抱えています。その時に傍らに僧侶がいないというのは、凄い反発を招きます。「火葬場にもついてこないで、高いお布施を請求された」となります。

 歴史的に見ても、土葬の場合の埋葬時や火葬の場合の点火時点というのは、仏教葬儀においても最重要視された時点でした。引導の所作が火葬の点火の動作を象徴するのは理由のあることです。

-4-お布施の相場がわからない
 葬儀費用の中で最も「わからない」とされているのが「お布施の額」です。「お布施」としての意味はなく「料金」ととらえられているのでこういう問題が起こります。

-5-法話をしない・法話が下手
 昔から「通夜説教」とか言われ、僧侶が法話をする習慣があり、これが遺族へのケアにとって重要な意味をもってきたのですが、最近では法話をしない、あるいはできない、あるいは下手な僧侶がいる、という批判です。

■「葬式仏教」とは
 いわゆる「葬式仏教」ということには二面性があります。
 第一は「人々がお寺に対して葬式、法事、墓以外のことを期待しない」ということであり、もう一つは「寺は葬式、法事、墓以外のサービスを提供しようとはしていない」ということです。
 前者は人々がお寺に宗教を期待していない、ということであり、後者はお寺に宗教がないということです。

 もう一つ考えなければならないのは、「人々にとって葬式、法事、墓とは大事な問題ではないのか」という問題です。
 私は、葬式、法事、墓というものが人々にとって大事な問題でなければ、仏教は葬式仏教という形ですら生き残れなかっただろうと思います。過去においても大事な問題としてあったし、現在でも大事な問題としてあると思うのです。
 そうでなければ、いくら「習慣」とはいえ、95%もの人が仏教で葬式をやるわけがないと思うのです。

 他方、お寺は葬式、法事、墓に係わってきたと言いますが、本当に正面からこの問題に対峙してきたのか、問われなくてはいけないように思います。

■「葬式仏教」の現状
 僧侶養成機関において、葬式とはどういうものなのか、そもそも死とはどうとらえるべきか、法事とはどういう意味をもつのか、墓とはどうあるべきなのか、実践論としてだけではなく、きちんとした位置づけ、教育が行われる必要があるのになされていないように思います。

 そうであるならば、極端な言い方になってしまいますが、僧侶はきちんとした教育を受けていないのだから、葬式、法事、墓についてはアマチュアでしかない。アマチュアでしかない僧侶が、見よう見まねで勝手に、寺という現場で葬式、法事、墓に係わり、指図して生計を営んでいるのではないか、という疑問が出てきます。

■葬祭仏教の立ち位置
 私は、日本の仏教というのは、葬祭仏教化したが故に民衆宗教として生きることができた、と思います。このことをマイナスにだけ評価する必要はないと思います。ある意味でプラスに考えていいことであろうと思います。

 仏教が民衆の葬祭に係わるようになったのは、奈良時代の聖(ひじり)たちの係わりを別とすれば鎌倉時代以降のこと、特に近世との派境期である応仁の乱以降のことです。
 仏教は民衆一人ひとりの生死に葬祭ということで係わることによって意味づけを与えたのだと思います。私なりに表現すると、民衆一人ひとりに人格を認めたことになります。

 民衆の葬儀をする、弔うということによって、そのいのちは弔われるもの、弔われる価値のあるものと認められたのだと思います。それ故に民衆は仏教を受け入れ、寺を受け入れたのではないかと思います。だから葬祭仏教であることを否定して寺はないのだと言ってもいいかと思います。

 いのちの重要な局面である死に際して葬儀ということで係わり、死別の悲嘆の強い時期である四十九日には7日ごとに係わり、以降百か日、一周忌、三回忌、と遺族の喪に係わり、さらに法事を積み重ねていくわけです。
 葬儀に係わるといっても、僧侶の方はご経験あると思うのですが、生前その人と係わりをもたないで、ちゃんとした葬儀をやろうとしたって無理です。民衆との日常における生きた関係がなければ葬祭仏教自体が成り立ちません。

(2)葬儀とは何か

■家族にとっての葬送
 家族にとって葬儀を行うということは、「かけがえのない家族の一員を喪う」ということです。この死の看取りということは極めて重要です。
 死別は英語でビリーブメントと言いますが、いのちが奪われる感覚です。その死別によって遺族は悲嘆(グリーフ)を抱え込まざるを得なくなります。

 グリーフというのは痛い悲しみとでも表現したらいいでしょうか、心が切り裂かれるような傷みです。
 死の事実を認めるということは家族にとって辛い作業です。苦痛です。しかしその死の事実を受け止め、死者と別れ、送り出すのです。遺体は埋葬または火葬に処します。
 それで終わるわけではありません。遺族はグリーフを抱え喪に服します。そして死者を供養していく。
 仏壇、墓参り、法事ということで供養していくのですが、この死者供養は遺族にとってグリーフワークという観点から再評価されるべきだと考えています。

■葬儀における死者と遺族の関係
 昔の通夜は、いまのような葬儀の前夜という意味だけではなく、亡くなって葬儀を出すまでの間を言っていました。
 最初は死を否定したいという気持ちがある。生前充分にできなかったことをしてあげようと一生懸命に死者に仕える。これは同時に遺族が死を受け入れるための準備作業としてありました。

 ですから、かつては通夜までの期間は、死者を生者として扱ったのです。これは近親者だけで守ったのです。
 しかし、仕えたけれども生き返らないということで断念して葬式を出す。死者の往生、成仏を願って行われるのが葬儀式です。それは死者のために行われると同時に遺族の安心のため、という二重構造をもちます。

 葬儀後には遺族は中陰壇で、それ以降は仏壇、墓前で死者をひたすら供養します。そしてこの供養行為自体が同時に遺族のグリーフワークとなる、ということでも二重構造をとります。
「グリーフワーク」は、直訳すれば悲しむ作業で、遺族のなす作業です。これに対して「グリーフケア」というのは遺族のグリーフをケアする作業のことです。最近はケアという言葉が「癒してあげる」「お世話をする」と一段高みから接するイメージがあるので、サポート(支援する)というほうが適切に伝わるのではないかと、「グリーフサポート」という言い方も出ています。
 法事に僧侶が出仕する、近親者が集うというのはまさにグリーフサポートとしてあるだろうと思います。

■同伴者としての僧侶
 僧侶がよりよいグリーフサポートを行うためにも、僧侶は檀信徒の同伴者にならなくてはならないと思います。
 日常においてはよき相談相手として、死亡直後には駆けつけて、枕経をあげて看取る。この枕経の時期というのは死亡直後ですから遺族は動揺しているのです。その時、一緒にいて悲しみを分かつというのは重要です。

 納棺のときも僧侶は立ち会います。納棺というのは死者を棺に納めるのですから、いわば死の事実確認という意味をもっています。遺族に死の事実を強制的に納得させるのです。

 禅宗の葬儀次第を見ると、昔は僧侶はこうやって死者や遺族に付き合ったのだろうなということがわかります。納棺、通夜、葬儀、火葬(埋葬)というプロセスにずっと僧侶は付き添っていた様子がうかがえます。
 葬式の後もずっと遺族に付き添っていく。それがグリーフケア、あるいはグリーフサポートです。

(3)死を考える視点

■死の概念の変化と多様な死
 もし人間の一生を子ども時代、青年期、壮年期、そして老年期、そして死に至るということが理想的な形と捉えるならば、過去の日本人の多くの死は「途中での死」でした。現在のように高齢者の死が普通になったのは第二次大戦以降のことです。

 いくら高齢者の死が多くなっても全ての人が高齢になって死ぬわけではありません。人生に充実感をもち、充分な長さを生き抜き、家族にあまり負担をかけることなく、できるだけ自然に死ねたら本人は満足でしょう。家族もそれなりに介護や看護ができて静かに看取ることができたら納得しやすいでしょう。でも、そんなに都合のいい死ばかりではありません。無数の死の物語があり、一人ひとりの死が異なっています。そしてそこにはリアルな死があるのです。
■予告された死
 日本の死因のトップは悪性新生物、つまりがんによる死です。かつてはがんと言えば助からない病気の代名詞でしたが、いまは治癒率も高まってきています。それでも末期がん、進行性のがんの場合には助からないというケースが多々あります。
 最近は本人に対する告知も進んできています。ついこの間まではがんであることを家族は本人に隠しとおすというのが一般的でした。

 キューブラー・ロスががんにより余命を告知された人のたどる心理的プロセスを「否認と孤立」―「怒り」―「取り引き」―「抑鬱」―「受容」と5段階に整理しました。もちろん皆が同じプロセスをたどるわけではありません。しかし、死を受け入れるには大きな葛藤がつきまといます。

 病気による身体的苦痛、そして精神的苦痛、最近ではそれに加えてスピリチュアル・ペインということが指摘されています。「霊的苦痛」と訳すと実感ありませんが、いのちの根源、魂の奥深いところでの不安・傷み・悩みというものです。こういったターミナルの現場では身体的苦痛を取り除く、精神的な充足感を提供するケアだけではなく、スピリチュアル・ケアの大切さが言われるようになっています。
 今までは死にゆく人本人に対するケアが語られてきましたが、最近では遺される家族のケア(それも死の予告に伴う「予期悲嘆」から死別後のプロセスに対して)の重要さも指摘されるようになってきています。

■予期されない死
 事故や事件に巻き込まれての死、あるいは突然死。
 そのとき家族はしばしばショックのあまり現実感覚を失います。それは自己防衛機能が働くのだと言われます。その事実に直面したらおそらく耐えられないだろうという本能的予測が、そういう状態を招くというのです。

 事故等の被害者になった場合には、しばしば加害者に対する強い怒りとなって現象します。原因や理由が明らかでなければ犯人捜しが始まります。それはしばしば他の家族に向けられたり、向け先がないと自分に、つまり自責となって現象します。

■自死
 9年連続して3万人台が定着して社会問題化している自殺ですが、最も多いのは中高年の男性の自殺です。
 10代の死因のトップは不慮の事故ですが、2位に自殺がきています。20代と30代の死因のトップは自殺です。
 40代ではトップは悪性新生物ですが、2位が自殺となっています。自殺は若者の場合が目立ちますが、高齢者の自殺も少なくありません。

 自殺者の少なくと8割以上は欝病等の精神疾患が影響していると推定されています。もちろん個々に特有の問題を抱えているうえのことですが。

■自死を考える視点
 最近はなくなりましたが、かつては「自殺はいいか悪いか」という議論があり、「生命は地球より重い」などのアドバイス、解決策が語られたりしました。それは自死というのは意思的行為であると考えられていたからです。
 自死は一見極めて意思的な行為に見られがちですが、その実態は、ほとんどがその人が意思的に選んだ結果ではない。欝病などの心の病に侵された結果、何かの引き金で死んだと考えられています。最近では「追い込まれた死」という理解が拡がっています。

 自死には理由捜しが横行しますが、単独の理由がそのまま自死に繋がるのではなく心の病に陥った深く影響しているというのです。
 鬱になるとほんとうに視野が狭くなります。生きることが大変なエネルギーを要することと感じられてきます。「よく自殺なんてできるね」と言われますが、生きているほうがずっと大変に感じられるのです。死以外の選択肢を奪うのです。

 自死は「いいか悪いか」という倫理の問題ではないと思います。その人の抱えている問題、症状が他人に気づかれない、あるいは適切な処置が講ぜられなかった結果、死を招いたのだと思います。
 但し、自死が遺された家族(あるいは周囲の者)に与える傷は大きいです。深い傷です。遺された者から言い訳を奪うからです。傷の血の出口がなく苛み続けます。

■対処する視点
 宗教者が死に対拠する視点を3つ挙げます。

-1-「死後」だけではなく、本人と家族の生前の関係を引き継いでケアするもの
 亡くなってからケアしようとしても難しいです。

-2-葬儀のケアの対象は、死者本人とその家族である遺族。
 先ほど、葬儀の構造は二重性をもつ、と言いましたが、死者本人とその家族のどちらが欠けても、あるいはどちらかに偏っても葬儀というのは不完全です。そしてこの2つの主人公は重なり合っているのです。
 家族は、家族の一員が死んで、喪失して「遺族になる」のです。遺族になることで家族も「小さな死」を体験するのです。

-3-死者本人のために行われない葬儀は家族にとっても意味のない葬儀
 少し話がわかったような人は「葬儀は結局遺族のためにある」と言うのですが、それはあくまで第三者の視線です。当事者となった場合、徹頭徹尾死者本人のために行われない葬儀は、遺族にとって無意味な葬儀になってしまいます。

(4)葬儀の変遷とこれからの課題

■葬儀の変遷
 江戸時代までは夜に葬儀が行われていました。昼間葬儀が行われるようになるのは明治期になってからのことです。
 明治の中頃になり商人階級が勃興するようになると、昼間街中を葬列が派手に練り歩くという現象が出てきます。
 棺も座棺から寝棺に変わります。最も寝棺を使ったのは裕福な階層で、庶民は座棺でした。貧窮家庭での座棺は戦後の50年代まで見られました。葬列が派手になり、さまざまな葬具も開発されました。

 告別式の最初は中江兆民の葬儀と言われますが、それまでのメインイベントである葬列に取って代わって、昭和の初期あたりから流行してきます。棺を運ぶ輿がデザイン化されて祭壇となって登場します。
 祭壇が全国的に普及するのは60年代です。高度経済成長の波に乗って祭壇が華美になり、葬式が大型化します。

 80年代から斎場(葬儀会館)が出てきます。葬儀といえば自宅で行われるものだったのですが、今では斎場(葬儀会館)での葬儀が主流となりました。葬儀・告別式という形態が定着するのはこの時代です。
 現在、葬式は二極分化の時代を迎えています。家族葬が一般化するなど一方で葬式の小型化が凄い勢いで進行しています。他方、通夜の告別式化が進行するようになりました。

■現在進行中の葬儀の変化の背景
 ここで、現在進行中の葬儀の変化の背景を挙げておきます。

-1-バブル景気の崩壊
 92年にバブル景気が崩壊し、長いデフレ不況を経験することになります。「大きいものはいいものだ」という感覚が薄れました。葬儀で言えば祭壇競争が終焉することになります。

-2-超高齢化
 80歳以上の人の死が4割を超え、本人の仲間の参列が少なくなりました。また、家族のほうも葬式への緊張感を失うケースが多々見られるようになります。

-3-地域・家→核家族→家族分散
 日本の葬式は家、地域コミュニティが中心になって執り行われていましたが、都市化による地域コミュニティが弱くなり、核家族化することで家(イエ)意識というのが弱くなり、親戚関係も希薄になってきています。さらに家族の紐帯も怪しくなり、家族解体、遺族の孤立化を招く状況となっています。

-4-死のポルノグラフィー化
 マンガ、ゲーム、ドラマの世界では非現実の死が露出されている一方、生活の中で死を看取るということが極端に少なくなったために、身近な家族のリアルな死を体験する機会が少なくなりました。また、リアルな死は隠そう、見ないようにしようという社会意識になっています。

-5-宗教意識の拡散
 宗教意識の拡散はかなり進んでいます。特に団塊世代が高齢者の仲間入りする頃がかなりの危険信号です。この世代以降は宗教意識が薄いなんてものではありません。現在進行形の葬儀の変化は戦後生まれの団塊世代が喪主となって以降に対応しています。戦後生まれ世代の価値観が主流となったことが現在の葬儀の変化の背景にあります。

-6-葬式を知らない
 私は「年寄りですら葬式を知らない時代」になったと表現しています。地域に代わって葬儀社が全てを差配する時代になり、他人の葬式に行っても手伝うではなく、焼香だけして帰る。遺族になるということがどういうことなのかもわからなくなっています。

■緩慢な死
 超高齢社会になり、大事件であるはずの家族の死すら大事件でなくなるケースが増えています。もちろんそうでない葬儀もあるのですが、悲嘆のない葬式が増えています。
 現在、二人称の死に接する機会が激減しています。実際に遭遇しても、生活を共にしていませんから実感がないのです。
 介護→入院看護→死というプロセスがあたかもプログラム化されているような感じです。ですから死に緊張感がないケースが多々見られます。

 本来は家族の死というのは、本人と向き合う存在である二人称の死なのですが、孫などには他人事のように思え、そのため二・五人称のような葬式が増えています。

■葬式の原点
 葬式の原点は何か、人それぞれ意見があろうかと思います。私は6点あげてみたいと思います。

-1-死者のいのちの尊厳
 亡くなった人を生前から通じて遺体となった今も大切にする、ということです。死者をその生死を含めて弔うということです。これがない葬式は葬式ではないと思います。

-2-遺族の心の傷み
 遺族のグリーフを大切にする。これに配慮することです。

-3-死の事実の確認
 死を事実として確認するために葬式はあると言っても過言ではないでしょう。葬式というのは何も通夜と葬儀だけではない。死を看取り、枕経、納棺…とステップを踏んで死を受け止めていくことです。これが遺族のグリーフワークにとっても重要な働きをします。

-4-悲嘆(グリーフ)の表出
 悲嘆というのは涙を出すだけではなく、怒りであったりしますが、遺族が悲しみを表出することが大切です。死別した近親者がグリーフに陥ることは自然なことです。遺族が悲しむことを遮る葬式ならしないほうがましです。

-5-心の中へ
 葬式というのは死者を忘れるためにあるのではありません。死者のいのちを明らかにし、それぞれの心の中で大切なものと位置づけるためにあります。

-7-共感
 葬式で重要なことは周囲の共感です。周囲の人々の死者を弔い、遺族に寄せる共感は大きな働きをします。

■留意点
 デスケアという観点で、これから大切にされるべきだと私が思うこと3点を挙げておきます。

-1-前葬儀としての枕経
 現在、葬儀の打ち合わせは僧侶抜きで葬儀社と遺族との間で行われることが一般化しています。
 しかし、これに僧侶が加わるべきだと思うのです。
 死亡直後の死者の枕辺で家族がそろって枕経を勤めた後、遺族の想い、本人の意思を聴き取る作業を行うことがとても大切です。

 遺族の語る言葉に耳を傾けることだけでも重要です。そして遺族の想いを知って葬式を組み立てていく。これは葬儀社だけではできません。僧侶だけでもできません。
 遺族は自分たちの傍らに自分たちの想い、悲しみを理解してくれる人がいると感じられればいいのです。

-2-葬儀をグリーフワークとして位置づける
 私は遺族を葬儀に参加させるべきだと思います。遺族が自分たちが葬儀を出したと感じられる葬儀にしなければならない。葬儀の一つひとつのプロセスが遺族のグリーフワークとして位置づけられるべきだと思うのです。

-3-スピリチュアリティ
 今の葬式では宗教儀礼が営まれているのですが、単なる儀式に終わっていることが多いように思われます。それを通じていのち、大切なものへの視点が感じられるようなものにしていかなければならないのではないかと思います。葬式を行うことでスピリチュアルなものに、大切ないのちに目を向け、感じられるように、という願いがあります。葬式における宗教の役割は大きなものがあります。

■僧侶派遣業者の駆逐を
 最近都市部では「僧侶派遣業者」が暗躍しています。これは由々しき問題と考えています。
 都市部では檀那寺をもたない人がいるため、この人たちの葬儀で葬祭業者が僧侶を紹介します。
 いい僧侶を無報酬で紹介するならわかりますが、「お布施」からリベートを取るのです。お布施が宗教的な意味での法施なら、これから手数料を取るのは宗教の収奪です。

 さらに葬祭業者が会社単位、従業員単位でやっていた僧侶紹介が、僧侶派遣プロダクションの仕事になっています。
 遺族には「明朗会計」とか「院号が安く入手できる」、はては「葬儀後は面倒なお寺との付き合い不要」を謳って迫ります。
 ここで働く僧侶が全て悪いわけではありません。いい僧侶の方もいます。

 しかし、葬儀ビジネスに取り込まれる宗教とはどういうことでしょう。既に結婚式のチャペルウェディングの司式する牧師のほとんどは派遣牧師であり、派遣プロダクションからであり、本職が牧師であるほうが少ないのが現状です。葬儀も同じようになっていいのか?という疑問を強く抱きます。

 リベートもかつては3割と聞いて驚いたのですが、今や5割の世界だそうです。
 遺族の役に立っているのではなく、宗教においてもビジネスしているのだと言うほかありません。
 地方の困窮した寺の僧侶が出稼ぎしているケース、寺の次三男が仕事をしているケース、定年後に通信教育でお経を学んだ人、働く人はさまざまですが、これらの人を利用して儲けている業者がいるということです。
 紹介が必要な場合は、仏教会などが斡旋する仕組みが必要でしょう。

 葬儀に従事する者は、この癒着を切る必要があります。故人のため、遺族のため、と口では言いながら、こんな葬僧癒着を裏で行っているのは、死者を冒涜する行為であると心得るべきです。




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