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碑文谷創  葬送ジャーナリスト

1.遺体の位置づけ
2.現代日本における遺体の取り扱い
3.エンバーミング

1.遺体の位置づけ

 日本の葬儀において、遺体は中心的存在ではあるが、同時に常に「陰」の役割を果たしてきた。
 例えば「恐怖」である。それは人の死のリアリティを語ると同時に、腐敗していく遺体への恐怖があった。
「穢れ」もまた同様である。遺体が腐敗し朽ちることへ清浄と対極の穢れを見、ひいては遺体を取り扱う者への穢れ意識からの差別意識を生んだ。

 人が死に、これを弔い、葬る。
 この葬送はさまざまな感情を伴い営まれる。
まず第1にあるのが死の事実認識である。死の判定は、いまや脳死もあるが、長く心臓死によって判定されてきた。しかし、これは近代以降のことである。しかし、人間は長い歴史の中で息をしないこと、心拍が停止することが(瞳孔散大・対光反射喪失を除き)人間の重要な死の判断要素となっていただろう。そして人間がまさに死体となったことを周囲に知覚せしめたのは死体現象によってであった。

 死体現象は、個体差および死体の置かれた環境によって異なるが、おおよそ次のようである。
(1)腐敗
 死後1時間内外から腸内細菌の増殖が認められ、腸内細菌の繁殖と胃腸の融解により腐敗が進行し、腐敗ガスが発生する。
(2)死後硬直
 筋肉が硬化して関節が動かなくなる現象。死後2時間くらいで顎関節に出現、順次全身に及び、6〜8時間で手足に認められる。8〜10時間までは筋肉に力を加えると軟らかくなるが、また硬直する。およそ20時間後が最も硬直が強い。その後、腐敗の進行とともに硬直は解けていく。
(3)死斑
 心臓が停止し血流が止まると血管内の血液は下のほうに集まる。下になった部分の皮下の静脈に溜まった血液の色が皮膚をとおして見えるのが死斑。死後30分程度で点状の斑点が出現、2〜3時間でこれが融合、20時間以上経過すると死斑は固定する。

 あたりまえのことであるが、遺体は変わるのである。そしてこの遺体の変化は遺族にとって好ましいものではない。そのまま放置するならば、死者の尊厳をずたずたに切り刻み、奈落へと導くものであるからだ。

 腐敗した死体はどのようなものであるか。これについて死体を検案し解剖することを専門とする法医学者の一部で民間伝承の「鬼」の話がまことしやかに語り継がれている。あの鬼の正体は死体であるというのである。
 腐敗が進むと腹部が淡青藍色に変色する。これが全身におよび死体は腐敗ガスのために膨らみ巨人化し、暗赤褐色になる。さらに腐敗が進行すると死体は乾燥し、体表は黒色に変色し、腐敗汁を出し融解始め、最後に骨の露出に至る。
 つまり死体は腐敗して青鬼となり、そして巨人化して赤鬼、最後に乾燥した黒鬼にとなり、骨化に至るというのである。
鬼はさまざまに解釈される民俗的存在である。その解釈の一つに死者の亡霊があり、巨人化があり、そして生者に祟りをもたたらす存在というのがある。恐怖の対象として鬼はあった。死体現象はまさに民俗の鬼観念を造型するプロセスの中で大きく作用したのではないかという推論である。

 ここまで私は死者の身体を「死体」「遺体」と混在して使用してきた。この2つは対象は同じものを指すが全く同じものではない。つまり見る人間によって違うのである。
「死体」は、生体と対称される客観的な表現である。それに対して「遺体」とは「霊魂が遊離し遺された体」という原義以上に、大切な存在が死者となった喪失の悲しみに彩られた言葉である。つまり死者と2人称の関係にある者たちから見た死体が「遺体」なのである。
 第3者にとって死体とは憐憫の対象ではあるが、同時におぞましい存在としてある。それは鬼である。

 だが2人称(=身近な者)にとってはそうではない。遺体は弔うべき大切な存在であり、もしそれが変貌するとするならば故人の尊厳が失われる身を切り刻むような痛切な悲しみと痛みを伴うものである。
 遺族が多くの場合、別れをするには必ずしも充分ではない、早い埋葬や火葬を選択するのは、遺体に対する遺族の錯綜した感情によるものである。
 遺体の周囲を荘厳するのは死者への愛惜の思い(そしてしばしば社会的なプレゼンテーションの意味も加えられ)、水や食事を供するのは別れを惜しみ再生を願い、あるいは最後の奉仕としての別れの表現であり、屏風などで隔離するのは腐臭が外へもれないための配慮であり、納棺前に湯灌を施すのは少しでも清浄にしたいという願いからであった。だが湯灌は人々の思いとは逆に、しばしば腐敗を促進させ、死体現象を露出する結果となったのだが。


2.現代日本における遺体の取り扱い

 現代日本において遺体はどういう取り扱いを具体的に受けているのであろうか。

 まず、一般的事例で説明する。
 医師が死亡を判定したら、病院では看護婦が点滴の器具などを取り外し、看取った家族はそれぞれ死者に別れを告げる。その後、病院では看護婦が末期の水(死水)の準備をする。自宅死の場合は家族が準備する。
 湯呑み茶碗に水を入れる。割り箸の先を脱脂綿で巻く。この割り箸の先に水を含ませ、一人ひとり順に死者の唇を潤す。割り箸の代わりに綿棒や新しい筆を用いたり、樒の葉を用いることもある。これが末期の水、死水と言われる儀礼である。

 次に看護師や医療機関従事者による死後の処置(清拭ともいう)が施される。
 目的は、死者の尊厳を守るためにきれいに遺体を整えることと遺体に対して公衆衛生上の処置を施すことにある。

(1)胃の内容物の排出 掛け物を除き、顔の横に膿盆を置き、顔を横に向け、手の平で胃部を押さえて吐かせる。必要に応じて吸引する。
(2)便・尿の排出 便器・尿器をあてて、下腹部に両手をあてて恥骨に向かって圧迫して膀胱や腸の内容物をできるかぎり出す。
(3)全身を消毒液(または湯)でていねいに清拭
(4)割り箸を用いて鼻、口、耳、肛門、膣の順に綿を詰める。
(5)肛門には綿を詰めた後、場合により紙オムツをあて、T字帯(場合により縦結びに)をし、下着を装着する。
(6)顔面の様子が衰弱している場合には頬に少量の綿を入れて(含み綿)膨らませる。
(7)創部(傷)にガーゼをあて、包帯または厚めのガーゼでカバーする。
(8)新しい着物に着替えさせる。
(9)髭を剃る。ガーゼで石鹸と湯で皮膚を湿らせてから、皮膚を伸ばしながら剃る。剃刀は寝かせる。
(10)女性の場合には薄化粧する。
(11)必要に応じて手足の爪を切る。
(12)下顎が下がるときは、タオルを巻いたものを顎の下に挟むか、包帯または三角布で吊るして口を閉じる。
(13)瞼が閉じないときは、ティッシュペーパーを小さく切って、瞼と眼球の間に入れて瞼を閉じる。
(14)髪を整える。
(15)胸に手を組ませる。手が離れやすいときには手首を包帯で結ぶ(死後硬直が進んだら包帯を外す)。
(16)シーツを交換し、顔を白布で覆い、一礼。

 以上が死後の措置の概要である。この後、葬祭従事者の手により自宅または斎場(葬儀会館)へ遺体は移送される。移送後に血液や体液の漏れ等が生じれば、葬祭従事者の手で処置される。
 腐敗を遅延させるために一般にドライアイスが用いられ、腹部を中心に置かれる。近年は代替の化学的な保冷剤が用いられることもある。消臭剤も一般的に用いられる。

 一般的でない事例は病死等の自然死でない場合、突然死、災害死、自殺、犯罪の惧れがあるときである。警察および警察医の検視を得、死因が判明しないときは行政解剖、犯罪の惧れがあるときは法医による司法解剖に付される。
 一般の病死等の場合にはかかりつけの医師が死亡診断書が発行し、そうでない場合には警察医が死体検案書を発行する。死亡診断書または死体検案書が人間の死を法的に証明するものとなる。そして自治体に死亡届が出され、除籍されて社会的に死と認定される。

 献体についても触れておこう。
 献体とは、医学部や歯学部の学生の教育のため行われる解剖実習に遺体を供するとの本人の意思に家族が同意して大学医学部、歯学部、医科大学に事前に登録しておくことである。献体登録した遺体に対して行う解剖を「正常(系統)解剖」と言う。
 大学側は、原則、死後48時間以内の遺体の引き取りを希望している。
 故人が献体登録をしているかどうかを確認し、登録している場合には、大学側と打ち合わせて引き渡し方法、日時を打ち合わせる。
 通常は、通夜及び葬儀・告別式を通常どおりに行い、大学側が用意した車に遺体を載せ、火葬場ではなく大学に移送する。献体された遺体は2〜3年後に大学が火葬して遺骨で遺族に返還される。


3.エンバーミング

近年日本でも新しい遺体処置の方法が普及してきている。それはエンバーミングである。
エンバーミングは古代エジプトのミイラ作りに起源をもつ遺体の防腐処置である。しかしエンバーミングの普及は19世紀後半のアメリカにおける南北戦争が契機となった。戦死者を遺体のまま故郷に移動させるという必要性があったからである。また直後に暗殺されたリンカーン大統領にエンバーミングが施され、その効果を人々が目にしたことから北米では急速に普及した。19世紀末に脈管法という現在のエンバーミングにつながる技術が開発され、いまでは北米の9割の遺体に対してエンバーミングが施されるまでになっている。北欧・英国でも約7割に施されるなど国際的に一般的な遺体処置の方法となっている。海外へ遺体を送るときには、原則としてエンバーミングする必要がある。

エンバーミングには、体内を固定して滅菌して公衆衛生上安全な状態にするとともに腐敗を止める、顔などを整え修復することにより遺族の悲嘆の心情を和らげ、遺体とゆとりある別れを実現できる、という効果がある。

 日本の民俗伝承にも死穢が移るということがあるが、これはまるで根拠がないものではない。死体は感染症の巣と表現してもいいほど公衆衛生的には危険な存在だからである。エンバーミングは感染防御ということでは現在最も優れた科学的手法である。

 また、葬儀をグリーフプロセスとして位置づけるならば、いまの葬儀は腐敗を恐れてあまりに慌しく行われすぎている。死を事実として受け止め、死者と触れ合って別れる時間と環境が制約されすぎている。エンバーミングは防腐により時間を、衛生保全により安全で触れ合う環境を与える。
特に事故・災害遺体や解剖後の遺体の修復においては必要性の認識が高まっている。
但し、処置のために血管や体腔の小切開を行う必要性があることから、遺族に対して処置内容を説明して書面による同意書を得ること、遺体の尊厳とプライバシーに配慮した処置、認定を受けた技術者による処置が必要とされている。また、廃液処理においても環境基準を遵守し、地方自治体の環境課への届出義務がある。日本ではIFSA(日本遺体衛生保全協会)が自主基準を作成しており、エンバーミング施設を厚生労働省や環境省へ届け出て行うことを取り決めている。刑法190条の死体損壊罪を阻却するためである。

日本での本格的なエンバーミングは1988年に開始され、2002年には年間12,204体に施され、年々増加の傾向にある。施設は2003年8月現在で20ある。
処置の概要は次の通りとなっている。
(1)脱衣
全身を確認し、損傷部位がないかを調る。
(2)消毒・洗浄
全身をスプレーで殺菌し、洗浄、洗髪。
(3)口腔などの殺菌
(4)髭剃り
(5)顔の処置
口を縫合し、閉じて形を整え、目にアイキャップを挿入し、形を整えるなどして顔を整える。
(6)動脈・静脈の剖出と注入管・排出管の連結
皮膚を小切開し、体表近くの動脈と同部位の静脈を剖出。動脈にエンバーミングマシーンに繋がる注入管を連結、静脈には排出管を連結。
(7)防腐前液の注入と血液の排出
(8)防腐固定液の注入
メチルアルコール、ホルマリンなどからなる防腐固定液を全身をマッサージしながら全身に行き渡らせるように注入。この薬剤には色素などが配合され遺体の表情に赤みを与える。
(9)体腔への防腐液の注入
体腔の一部を小切開し、内容物を排出し、防腐液を注入する。
(10)切開部の縫合
(11)全身の洗浄
(12)修復
修復を必要とする部位の修復
(13)着衣・化粧
遺族の希望する服を着せ、化粧を施す。

 特にヨーロッパの学者はエンバーミングを「死を隠すもの」と批判する傾向がある。遺体の生前を再現すべき過度の装飾は戒められるべきであろう。だが、エンバーミングを冷静に判断することもまた求められているように思う。死や葬送の暗部である恐怖や穢れ意識、これらを払拭する一つの方法であるからだ。
しかし、エンバーミングによっても、死のリアリティはなくなるわけでも、死別の悲嘆(グリーフ)がなくなるわけではないことはいうまでもないことである。



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