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碑文谷創

 ここでは幅広く生と死について論じたものを紹介する。

■東京大学公開講座『生と死』 東京大学出版会、1992
 
 「生と死」の問題はすでに学際的議論の場となっているが、これは意図して学際的に共通の議論の場を提供しようとするもの。
 
 人間と死体(養老孟司)/日本における死の観念(佐藤正英)/日本神話にみられる生と死(神野志隆光)/生と死の関係論(清水博)/インド思想における輪廻(絵島恵教)/細胞社会における生と死(井尻憲一)/植物細胞の生と死(小野寺一清)/生と死の多様性(高橋景一)/文化システムとしての死(山下晋司)/刑法における生と死(山口厚)
 
■多田富雄・河合隼雄編『生と死の様式─脳死時代を迎える日本人の死生観─』 誠信書房、1991
 
「科学技術の急速な進歩とこれまで経験したことのない経済の繁栄の中では、生も死も現実の生活からはるかに隔たったものになっていた。…脳死の議論は、医療や法律の問題を超えて、私たちが久しく見失っていた『生と死』の様式について、せっぱつまった省察を要求するのである」
 本書は、免疫学、分子細胞学、数学、文学、宗教学、心理学、末期医療学などの多方面の専門家の論を集めており、生死観の多様性を示すものとなっている。

■柳田邦男編『「生と死」の現在』 同時代ノンフィクション選集1、文芸春秋、1992
 
 死とは具体的にどういうものなのだろうか。われわれはこの関心から逃れることができない。そこで闘病記を読む。そこでは死に向かっての現実の過酷さが語られるだけではない。人間の尊厳と生の輝きを見いだすことができる。
 収録作の一つ千葉敦子『「死への準備」日記』はデーケン氏によれば日本において死が社会的に広く取り上げられる契機になった作品。  
 自分の死を創る時代(柳田邦男)/輝け我が命の日々よ(西川喜作)/詩集・病者・花(細川宏遺稿詩集)/死出の衣は(折笠美秋)/「死への準備」日記(千葉敦子)/道程輝きて(土田倫里江)/関連作品年表(柳田邦男)

■河合隼雄・柳田邦男編『死の変容』 現代日本文化論6、岩波書店、1997
 
 死をどうとらえるのがいいのだろうか。死にはさまざまな様相がある。ここではさまざまな死についてのアプローチがなされており、「生と死」について全体的視点を獲得するのに役立つ本と言えよう。
 一人称の死(自分の死)がクローズアップされており、本書の主眼もそこにあるように思われるが、ここでは二人称の死(身近な者の死)への着眼ががある。その意味ではようやく死が具体的、現実的な問題として論じられるようになったと言えるだろうか。  
 自分の死を創る時代へ(柳田邦男)/「ガン死時代」の生と死(徳永進)/阪神大震災六千五百人死の傷跡(梁勝則)/脳死との出会い(森岡正博)/尊厳死とリビング・ウィル(澤田愛子)/少子時代の子どもの死(渡辺久子)/死別からの再生(半田たつ子)/終わらない戦争死(澤地久枝)/死の臨床の二十年(季羽倭文子)/死への準備(川越厚)/「生と死を考える会」との出会い(古谷小枝子)/「私の死」と現代(河合隼雄)

■アルフォンス・デーケン編『死を考える』 叢書・死への準備教育3、メヂカルフレンド社、1986
 
 「デス・エデュケーション」(死の教育)をデーケン氏は「死への準備教育」と翻訳したが、そのシリーズの一つ。これも生物学、医学、民俗学、宗教学、法学、文学という多方面からの学際的研究。  
 死の意義/生命と死/死と倫理/死と法・医学/死と文化/死への恐怖/小児と死の世界/死とユーモア/死を超えて輝く生
 この叢書の他のものも併せて紹介する。
 
・『死を教える』死への準備教育の意義/死への準備教育の場とそのあり方/死への準備教育の方法/諸外国における死への準備教育/死への準備教育のワークショップ・プログラム
・『死を看取る』死にゆく過程/日本人の死/死にゆく人とそのケア/死にゆく人へのカウンセリング/「自分の死」を死ぬということ/癌の人間学/「告知」の考え方/ホスピスというもの/悲嘆のプロセス/アメリカにおける末期患者のカウンセリング

■樋口和彦・平山正美編『生と死の教育─デス・エデュケーションのすすめ─』 創元社、1985
 
 アメリカでは1967年にタナトロジー(死学、デーケン氏は「死生学」と翻訳)の国際学会が開かれ、1976年には小・中学校でデス・エデュケーションが始まった。これを受けて日本でもデス・エデュケーションの必要を説いた本。
「死の教育は、未来と現在の生き方そのものを問い直し、より充実した生を送ることを目ざす必要がある」
 と考え、「生と死の教育」として展開することを説く。

■村上陽一郎『生と死への眼差し』 青土社、1993
 本書は医療の項目で紹介すべきなのだろう。氏は科学史や科学哲学を専攻するから医学が今陥っている問題について充分に的確に対処できる。だが、ここで展開される科学である医学批判は科学的であると同時にもっと根源的であるように思われる。両者が並び立つことによって医学の現状を正確に分析できているように思える。
「病気に対して、現在われわれは、少し傲慢になり過ぎているように思う。それはすなわち死に対する傲慢である」
 と氏は書き出す。そして「少なくとも人間の『死』に関する限り、それは科学の埒外にある」と言うとき、科学も人間にサービスするものという範疇に位置することを明確にさせる。それが高齢化という社会的構造変化にも見合ったものと認識される。
 また、氏のジャンケレヴィッチの死の人称に関する議論は、今後の死の認識における深まりを導き出すものとして充分に有効性がある。

■朝日新聞大阪本社編『死に方が知りたくて』 PARCO出版、1995
 これは朝日新聞大阪版の夕刊に連載されたインタビューをまとめたもの。
 インタヴューを受けたのは、ガンにかかった外科医、紛争地を追うカメラマン、元プロ野球選手、歌手、映画評論家、日航機事故遺族、普賢岳被災者、奥尻島被災者など多様なけっして専門家ではない人たち。だからこそ多様な生と死が浮かびあがってくる。

■重兼芳子『いのちと生きる』 中央公論社、1993
 
 小説家としてだけではなく、ホスピスのボランティア、生と死を考える会のリーダーとして活躍した著者は先年ガンで生命を失った。身体にハンディを負っていたが、その感性の豊かさが好きだった。
 自らガンの切除手術の最中に夫を失った予期しなかった体験を綴った本書は「生と死」を考えるかっこうのものであると思っている。

■青木新門『納棺夫日記』 文芸春秋、1996
 
 本書は1993年に出版され、地方文化出版賞を受賞したものの増補改定版である。納棺という遺体の処置の仕事の中で死と生をみつめた作品である。
 死が忌まれるのは奥が深い。第三者だけではない。それに携わる医師、僧侶、葬祭業者もまた忌む。それは死を価値をおくべき生の対極においているからなのだろう。その呪縛はタブーが外れたとはいえ、まだわれわれの中に根強い。死の向こうに光を見たとき、呪縛の中にある醜い生の世界も解放されるのだろう。

■宮崎学『死』 宮崎学写真集、平凡社、1994
 
 この写真集の前に雑誌『太陽』がこの一連の写真を特集したときの衝撃を忘れることができない。人間も自然に任せたならこのような解体のプロセスを辿り、そして自然に還るのだろうと思った。
 死後二日くらいと見られるニホンカモシカの死体を2か月間定点撮影した記録である。ガ、シデムシ、ハエ、タヌキ、ウジ、アカネズミが、腐食、解体のプロセスに登場し、生きるために利用していく。残った体毛もモモンガが冬の暖に備えてもち去り、雨が白骨をきれいに洗い死臭を取り去り、葉が白骨を覆った。
 死体は大地を肥やし、動物を育み、自然の営みを豊かにする。生と死は自然の中で循環していることを知る。
 かつて民衆が墓をもたず山野に風葬さたとき、それは現在感じる死体遺棄という残酷で怖いイメージと全く異なり優しい大いなる自然に抱かれた生死観があったのではないかと夢想する。人間の死が人工化したことはその生もまた人工化していることを示している。


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