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Q54 葬儀での遺族席は?

お葬式を見ていると遺族席が前にあって参列者側を向いています。あれはどういう意味なのですか?(48歳女性)

Aお葬式で遺族席が前に設けられていて、参列者側を向いたり、横向きになっているのを見ます。ごく一般に見慣れた風景なので、それが正しいと思っている方が多数派です。葬儀社の人もそう思っていて、式場では遺族席が前方に特別に設定されていることが多いです。

 しかし、私は2つの点から、これは誤りであると言いたいと思います。 
 第一の理由は、葬儀と告別式は違うということです。
 告別式であれば、参列者の方の焼香に応えて挨拶するのに便利かもしれません。しかし、通夜や葬儀は違います。遺族も死者を弔うことに専心すべきです。とするならば参列者同様に前の本尊、柩を向いて座るべきです。

 参列者の焼香の時間になって、遺族代表が答礼に立てばいいだけのことです。遺族全員ましてや親戚までも参列者に答礼する必要はありません。
 実は、遺族席が参列者側を向く、横向きになるというのは歴史的経緯があります。葬儀と告別式が同時並行に行われるようになったとき、焼香の答礼に便利なように、と葬儀の本質をわきまえないで、社会儀礼優先にした結果です。

 通夜の席でまで遺族席が参列者側を向く、横向きになる形になったのは、近年の通夜の告別式化の影響を受けたものです。
 通夜、葬儀は何よりも死者を弔う遺族たちのためにあるべきです。こうした悪習は正されるべきでしょう。
 遺族にはわかりませんから、葬儀社の人がこれを早急に正さなくてはなりません。

 第二の理由は、遺族に不必要な緊張を与えてはいけないということです。前に座れば、遺族の所作は全て参列者から見られることになります。自ずと、泣きたいのに泣けない、呆然としていることが許されない、しっかりしていなくてはいけない、と強いられてしまいます。  遺族はそうでなくとも家族を送り出すことで緊張を強いられているのです。余計な緊張を与えることはマイナスでしかありません。
 途中で耐えられなくなり席を外したいと思っても、皆が見ているところではできません。

 以上、葬儀本来の意味と遺族のグリーフケアの観点で、遺族席が参列者側を向く、横向きになる形は即刻改められるべきだと思います。
 なお、祭壇に向かって右側前列が遺族、親戚席、左側前列が来賓席になり、内側が上位になります。
 但し、遺族席が横向きになるのが全て悪いわけではありません。それは家族葬など小規模葬儀の場合です。
 しかし、こうしたケースでは遺族だけではなく、参列者も柩を囲むようにしたいものです。皆で死者を身近にして、温かくお別れして送るという形をつくるためです。


Q55 「お別れの言葉」とは?

ご遺族から「お別れの言葉をお願いします」と言われました。弔辞とどう違うのでしょうか?(62歳男性)

A 「お別れの言葉」とは、近年増加傾向にある「お別れ(の)会」や無宗教葬で使われている言葉で、意味としては弔辞と同じです。
 弔辞はある格式をもっているのに対し、「お別れの言葉」は形式を重要視しないという点で違いがあります。

 ですから弔辞のように巻紙に書き、包むという形式は要求されません。
 といっても話が冗長になってはいけませんので原稿は用意したほうがいいでしょう。弔辞は読んだ後に「霊前に奉呈」するものですが、お別れの言葉の原稿は話すためのメモと心得るといいでしょう。しかし、後からその原稿を遺族に求められることがあるので、パソコンで清書し、白封筒に入れて持参するとよいでしょう。

 話す内容も、弔辞がとかく「故人の功績を称える」ものになりがちですが、お別れの言葉は、故人との親密な個人的思い出を中心にお話しするとよいでしょう。
 故人と出会って自分はよかったという想いを率直に表現することにより、遺族にとっても慰めになると思います。
 長さは3分くらいが目安。葬儀にしても、お別れ(の)会にしても遺族や参列者は緊張していて、あまり長い話は適当でありません。


Q56 葬儀の後での香典は?

親友と電話で話したら、私も若い頃お世話になったお母様が亡くなり、お葬式もご家族だけでなさったことを聞きました。香典でもと思うのですが、どうしたらいいでしょう?(62歳女性)

A 近年は家族葬の形態が増えてきたために、親しくしていた人の死も後から、お葬式も何もかも済んでから耳にすることが多くなりました。
 親しくしていた人の場合、それを聞いて何もしないというのは気持ちが落ち着かないものです。
o その場合、香典かお花でも贈りたいと考えることは自然なことです。
 
 予め聞かされており、「弔問、香典、供花を辞退します」と言われていたなら別ですが、まったく知らされていなかったのですから、聞いた人がその人の気持ちで行動してよいのです。
 香典、供花にはいつまで贈るものという期限がありません。たとえお葬式が済んでいようと、一周忌が済んでいようと贈っていいのです。

 家が近いならお友達の家を訪れ、お線香をあげさせていただき、香典を持参するという方法もあります。
 しかし、家も遠い、家族の状況もわからないときには香典を郵送するという方法もあります。現金書留で送りますが、お悔やみの手紙も忘れないようにしましょう。
 お花を花屋さんから届けてもらうという方法もあります。その際には大ぶりのものより小ぶりのもののほうがいいでしょう。
 遺族にとって、親しい人が故人を悔やみ、手紙一つでもくれるのは力づけられる想いがするものです。故人を覚えてくれる人がいるというのはうれしいものです。
 遺族としては、いただいた香典や供花に対しては四十九日や一周忌あるいは三回忌を期して(基本はいつでもいいのですが)お礼の手紙を送り、場合によっては礼品を添えます。
 人が亡くなるということは、その家族だけの問題ではなく、故人と親しくしていた人の問題でもあるのです。

 弔い、悔やみというのは決まった儀礼というよりは、それぞれの人間としての感情を中心に考えられていいことであろうと思います。
「葬式の案内がこなかった」と怒るのではなく、その死を耳にした時点で、その人のできる弔いをしたらいいと思います。
 香典や供花については期限がないというのは、そうした人間的感情の交流の自由を保証しているものだと理解できるのではないでしょうか。


Q57 「お清め」とは?

関西の人間ですが、東京でお通夜にうかがったら焼香が「お清めへどうぞ」と言われました。なんか違和感がありました。(56歳男性)

A 私は関東に住んでいますが、「お清め」という言葉は今でも使われています。
 調べてみると、死には穢れがあり、伝染すると考えられており、その穢れから防御するには手を洗う、塩をかける、お酒を飲む、食事することが効果がある考えられていました。

 いわば古代の衛生思想のようなものです。塩は石鹸か薬、酒は意識を混濁させ、食事は体力をつける。死の恐怖に対抗しようとする古代人なりの知恵だったのでしょう。
 葬儀に出た後に塩を振りかけるのは海水に浸り、身体を清浄にするということからきています。塩をかけるときには両肩、両足に振りかけますが、全身を清める象徴としての動作です。

 今、葬祭業者が「清め塩」を会葬礼状に同封しますが、60年代以降に始まったサービスです。
 通夜の後に宴会のようなものが行われたのはかなり昔からのようです。
 その席が、いつかはわかりませんが、死の穢れに対抗する意味合いが与えられ、関東では「お清め」と言われる慣習ができました。

 これからは私の意見ですが、今の時代にあって「お清め」というのは時代錯誤であるし、いわれなき死に対する恐怖感、忌避感を温存するもので、変えなくては
いけない名称のように思います。  いま、「お清め」と言っても何から清めようとしているか意識している人は少ないでしょう。だからといって、慣習だからと、この言葉を使い続けるのはおかしいと思います。
 葬儀会館の会食室が「お清め室」になっている例も見ますが、宗教者、葬祭業者が率先して使用を止めるようにしてほしいと願っています。


Q58 法事はどうする?

今度祖母の七回忌を迎えます。そもそも法事はどうやるものですか?前の三回忌までは父が取り仕切りっていたのでよくわかりません。服装もどうしたらいいのでしょうか?(40歳女性)

A 七回忌というとお祖母さまが亡くなって6年目ですね。かつては法事が大切にされていましたが、友人の僧侶に聞くと「三回忌まではするが、七回忌以降をする家庭がめっきり減少した」と嘆いていました。時代の動きが激しいので、いつまでも死者には係わっていられないという感じなのでしょうか。

 家族が死者を長く想っているということを日本人は大切にしてきました。そのことはいまも変わっていないのではないでしょうか。
「千の風になって」が流行するということは、身近な死者のことを想い続けている人が多いという事実を示しているように思います。
 しかし、それが以前は仏壇に毎日手を合わせることであったり、お墓参りすることであり、法事を大切にすることであったのが、形が変わってきているだけのような感じがします。

 私事ですが、若い頃友人が亡くなり、同僚の者が毎年の命日には遺族と関係なく集まり、死んだ友人の思い出話をし、飲みました。それはちょうど七回忌まで続きました。
 僧侶こそ呼びませんでしたが、そうして命日に毎年集まることで、各自が死者との関係を心の中で整理していたと思います。

 日本の仏教では法事は大切にされてきました。まず、四十九日があります。本来は死後7日ごとに四十九日まで法事を繰り返します。初七日(7日目)、二七日(14日目)、三七日(21日目)、四七日(28日目)、五七日(35日目)、六七日(42日目)、七七日(49日目)の7回です。このうち初七日は葬儀の当日に繰り上げて行うことが多く、普通はその後三十五日あるいは四十九日に法事を行います。
 四十九日の後は百か日、一周忌、三回忌(2年目の命日)、七回忌(6年目の命日)、十三回忌(12目の命日)、三十三回忌(32年目の命日)となります。3と7にちなんだ十七回忌、二十三回忌がもたれることもあります。

 三回忌まではまだ悲しみが強い時期です。また、命日ということで辛い思いがぶり返しがちです。遺族のこうした悲嘆のぶり返しを記念日症候群といい、命日のほか、故人の誕生日、結婚記念日、旅行した記念日などにも起こりがちです。
 七回忌(6年目の命日)ともなると通常は悲しみよりも思い出の感情が強くなります。しかし、子どもを亡くした場合などは七回忌といえども悲しみが癒えないことがあります。

 法事は一般には次のように行われます。
 場所は自宅あるいはお寺が本来ですが、最近は料理屋、ホテル、葬儀会館(斎場)が用いられることが多いようです。
 まず僧侶による法要をします。これが肝要なことです。法要=会食と思いがちですが、法要が中心です。
 その後、会食をします。まず喪主が挨拶し、僧侶に献杯(けんぱい)の音頭をとってもらい会食に入り、最後にまた喪主が挨拶し、帰りには引き物を渡すこともあります。

 法事の際の服装ですが、遺族は三回忌までは黒を着用しますが、七回忌以降は黒を着用しません。黒は喪に服していることを表しているので、喪に服するのは一周忌(場合により三回忌)までだからです。その後は黒以外の服装でかまいません。
 法事に招かれた人は四十九日を含め、黒を着用する必要はありません。きちんとした服装であればかまいません。むしろ黒はおかしいかなと思います。
 七回忌を親戚や関係者を招いて行うのであれば、案内はできれば1か月前、遅くとも2週間前に発送し、出欠の返事をもらいます。
 
 最近は七回忌以降の法事は家族だけで行う家庭も増えています。家族揃ってお寺へ行き、お経を上げていただき、その後、家族で故人を偲んで食事会というのもいいでしょう。
 過去のことは早く忘れるほうがいいと言う人もいますが、私はそうは思いません。死者を覚えるということは現在の自分の生き方を問う意味でも大切なことです。法事はその大切な機会を提供してくれているようにも思われます。  キリスト教や無宗教では法事にあたるものは定まっていませんが、死者を追悼、追憶することは大切にしたいものです。


Q59 「1日葬儀」とは?

 新聞で「1日葬儀」というのを見ました。1日で終わるならば、わずらわしくないのでいいかな、と思っています。(70歳女性)

A最近、「1日葬儀」というのを新聞やら葬儀社のホームページで見ることが多くなりました。
 その一つである東京新宿区の葬儀社のホームページを見ると、「1日葬儀」を希望される方には次のような方がいるようです。
@火葬だけの予定だが、親戚の心中を考えると…
A 2日間通夜・葬儀をしても身内だけだし…
Bやはり宗教家へご依頼し、故人に対しての気持ちとして1日だけでもお葬式をしたい…
Cその他、「仕事の都合…」「接待予算が…」「火葬だけでは…」というのも「多数寄せられている」とのことです。

 先日、世田谷区の葬儀社の方に聞いたら「直葬(葬式をしない葬式)と家族葬の中間の葬儀が増えている。そうしたものを含めると直葬は35%くらいある」ということでした。
「いちにち葬儀プラン」を推奨している葬儀社もあり、「式にとらわれない、小規模な中にも、心がこもった新しい葬儀の形です。一般的には、通夜式(お通夜)、告別式と2日間にわたって行われる葬儀ですが、1日で執り行う葬儀をご用意しています」と記載しています。
 お葬式をしない「直葬」でも火葬炉前で僧侶に読経をしてもらうという「炉前」という形態が多いという報告もあります。「故人に対して何もしない」というのは遺族の心中に何がしかの区切りがつかないことや後ろめたさ、あるいは罪悪感等があるということでしょうか。
 誤解してはほしくないのですが、「1日葬儀」というのは、「葬儀」が1日で終わることではありません。葬儀というのは、臨終の看取りから始まる一連のプロセスです。儀式としての葬式をしなくても葬儀はなくならないのです。

 仮に火葬だけで済ます直葬にしても、遺族の心の中では葬儀が、少なくとも24時間以上は進行しているのです。
「葬儀」というと、通夜、葬儀の2日間だけというイメージがありますが、それは違うのです。
 通夜と葬儀だけを取り上げるならば、ある牧師が言うように「同じことを2度繰り返しているようだ」となるでしょう。また、かつては「葬儀・告別式」と言われ、会葬者は通夜ではなく、葬儀に会葬するものでした。通夜は近親者による死者とのお別れの時間でした。現在では通夜の参列者が多く、葬儀に参列する人は少ないため、実態は「通夜・告別式―葬儀」となってしまっています。

 最近人気の「家族葬」は、近親者数人から故人や遺族と親しい人数十人と幅がありますが、いわば「告別式のないお葬式」です。「告別式」は一般の人に開かれたお別れであるからです。
「1日葬儀」というのは、葬儀を1日で済ますことではなく、通夜を儀礼として行わないでする葬祭業者の提供する葬儀プランなのです。
 言うならば、昔の葬儀の「通夜までは公事ではなく私事として行い、葬儀をもって公事とする」という考え方に近いとも言えます。
 昔は近親者による私的な、しかし手厚い弔いがあったのですが、それが今日では簡単になったということでしょうか。

 直葬にしても1日葬儀にしても、葬儀を簡略に済まそうという考え方が見られます。この点が危惧するところです。  葬儀は遺族の心理を考えるならば3日は必要で、できれば5日ほしいところです。これは何もお金をかけることではなく、死者と向き合う時間の大切さ、ということです
。  儀礼が大切なのは、死の事実にいやがおうでも直面することにあります。一時、高度経済成長期からバブル景気に至る間に、いたずらな社会儀礼化が進んだことが誤解を招いた、その反動がいま起こっているのではないでしょうか。

 私は「1日葬儀」を、たとえ遺族が希望しても、葬儀社が推奨すべきとは思いません。葬儀というのはプロセスであるという理解を妨げ、遺族のグリーフワークの妨げとなるからです。だからといって「通夜式」という、通夜の社会儀礼化も容認できません。


Q60 葬式での宗教者へのお礼は?

 葬式費用としてどのくらい準備しておいたらよいか、考えています。特に宗教者の方へのお礼の金額がわかりません。(75歳男性)

Aお葬式の費用といっても、どんなお葬式にするかで変わってきます。
 お葬式の費用は大きくは次のように分けることができます。
@葬儀社の費用
A飲食接待の費用
B宗教者への謝礼
Cその他の費用

 お葬式の費用は全て葬儀社に支払われるものではありません。(葬儀社への支払は稿を改めて説明します)
 Aの飲食接待費用は、地域の人が食事を作ったり、直接料理店等に注文する場合がありますが、最近では葬儀社経由で注文し、代金を葬儀社に支払うケースが多いようです。しかし、これは葬儀社経由でないとできないものではありません。

 Bの宗教者への謝礼は、葬儀社に支払う筋のものではありません。僧侶、牧師、神職などの宗教者へのお礼ですから、遺族から直接お渡しすべきものです。(これについては後段で詳しく説明します)。

 Cその他の費用は、@〜B以外にお葬式に伴って必要となるお金です。これは個々の遺族の事情によって異なるのですが、地方の親戚の宿泊費、遠方に住む家族の交通費、親族だけでとる食事の費用などです。どんな費用が必要になるか、事前には予測しがたいものですが、私はこれを予備費として10〜20万円見ておくことを勧めています。

 Bの宗教者への謝礼ですが、これには基準になる数字がありません。つまり「料金表」は存在しないのです。仕事の対価ではなく、それぞれの遺族によって変わるもので、文字どおり「感謝の表現」です。
 宗教者を依頼しなければ、この謝礼自体が発生しません。つまり0円ということです。
 
 宗教者を依頼する場合謝礼の額は遺族あるいは故人と寺・教会・神社との関係によって変わります。
ある方は亡くなる前に「檀那寺に1千万円お礼するように」と言い残しました。これは高い、安いという問題ではなく、その人の信仰の問題、つまり心の問題なのです。

 また、ある遺族は僧侶に相談したら「お気持ちで結構です」と言われたので、枕経、通夜、葬儀、火葬とお勤めいただいたのに5千円しかお礼しませんでした。この話を聞いたとき、私は感謝の気持ちがない遺族に呆れたものです。

「でも、相場というのがあるのでは?」と聞かれます。
 キリスト教会や神社では規定を定めているところがありますが、概ね10〜20万円程度が多いようです。もっとも、もっと多くお礼してもかまいません。キリスト教では牧師や神父へのお礼以外に、オルガニストや教会堂使用のお礼がありますし、神道では斎主の神職以外に音楽を奏でる方などへのお礼も発生します。

 仏教では、宗派の違いよりも地方や寺格による違いが多いようです。
 また、僧侶の人数で違ってきます。例えば導師以外に3人お願いする場合、導師以外にはお一人3〜5万円お礼するケースが多いようで、計9〜15万円となります。
 
 では肝心の導師をお務めいただく僧侶への謝礼ですが、20〜40万円くらいが多いようです。
 さらに院号等の特別な戒名(法名)をいただいた場合には20〜60万円くらい加算してお礼することが多いようです。ここで「多い」と言ったのは僧侶によっては院号を授与したからといって、その分のお礼の受け取りを断る方もいるからです。

 仏教は一見高額に見えますが、本来、導師をお願いするのは檀那寺(お手次寺)の住職です。檀家であるとは、お寺をそれぞれの事情に合わせて護持する責任もあるのです。「葬式の日当としては高い!」と思われるかもしれませんが、葬儀や法事の際のお布施については、当日のお礼プラスお寺の護持費用と考えるとよいでしょう(キリスト教会員は年収の5〜10%くらいの額を毎年、月分割で献金して負担しています)。  
 経済的に困っているならば率直に住職と相談すればいいでしょう。
 よく「お経料」「お戒名(法名)料」という言い方がされますが、間違いです。僧侶へのお礼は「料金」ではありません。合わせて「お布施」です。

 くれぐれも檀那寺以外の僧侶を紹介され「院号付きで40万円、安いでしょう」という商売にひっかからないように注意しましょう。
 信頼できる宗教者選びは大切です。できれば事前に選んでおきましょう。



Q61 菩提寺が遠方にあるが…?

 菩提寺が遠方にあるのですが、地元で葬儀をする際にはどのようにしたらいいでしょうか?(60歳女性)

A菩提寺があれば、たとえ遠方であっても、まず菩提寺にお願いするのが原則です。多くの場合、日程さえ合えば、菩提寺のご住職に来ていただけます。その際には、通常のお布施に加えて、宿泊費、交通費を負担することは当然です。
 菩提寺のご住職のご都合がつかない場合には、菩提寺から地元のご僧侶をご紹介いただくといいでしょう。

 万一、適当な方をご紹介いただけないときには、ご住職のご了解を得て、葬儀社に同じ宗派のご僧侶を紹介してもらうことは可能です。
 紹介された僧侶に依頼する場合、戒名(法名)を事前に菩提寺からお送りいただくか、葬儀の際には俗名(本名)のまま済ませて、後日納骨の際に菩提寺のご住職につけていただくかになります。


Q62 子どもは娘だけ、お墓の跡継ぎは?

 わが家には子どもは娘だけ2人。2人とも結婚して他姓を名乗っています。私たち夫婦が死んだ後のお墓はどうなるのでしょうか?(65歳男性)

Aまず結論から言えば、娘さんがいらっしゃるのですから、お墓は娘さんに継いでもらうことで問題がありません。お墓の跡継ぎは男性という決まりはありません。

 娘さんが結婚して他姓を名乗ったとしても、戦前のように結婚することは相手の家の人間になるわけではありません。今、夫婦別姓が議論されていますが、仮に姓が変わろうと、夫婦で新しい世帯をもつことで、けっして相手の家の人間になるわけではありません。
 もし仮にお子さんがいなく、お墓を承継する適当な人がいない場合、自分たちの死後30年などの管理料を事前に支払うことで、霊園に交渉することは可能でしょう。
 それが不可能なら、跡継ぎ不要の墓に替えることができます。その代表的なのが「永代供養墓」と言われるものです。公営の場合には「合葬式墓地」と言われます。
 しかしこれに問題がないわけではありません。特にお寺の墓地の場合、管理がきちんとしている寺か、信頼できる寺であるかということをよく事前に調査し、値段だけではなく、心から託すに足る寺か面談して選ぶ必要があります。

 また近年では跡継ぎを必要としない形態では、自然に還す樹木葬(これにも都市型と地方型があります)、30年・50年と使用期限を定めた有期限のお墓などいろいろ生まれてきています。ご夫婦(あるいはお子さんがいる場合はお子さんも含めて)でよく相談し、選択するとよいでしょう。


Q63 夫が入院中。いざというときはどうするか?

 今、夫が入院中なのですが、万が一のとき、どうしたらよいかわかりません。(58歳女性)

A葬儀社は365日24時間受け付けています。たとえ真夜中であっても電話をすれば、すぐに病院に迎えにきてもらえますので、ご心配は不要です。
 また、病院で葬儀社を紹介してくれることもあります。看護師さんに相談してみましょう。
 病院付きの業者がいて病院から紹介された場合でも、葬儀全てを依頼する必要はありません。とりあえず自宅への搬送だけを依頼して、後で落ち着いて業者選びをすればいいのです。

 いちばんいいのは事前に葬儀社を決めておくことです。多くの葬儀社では事前相談を受け付けていますので、直接葬儀社に足を運び相談するとよいでしょう。
 いい葬儀社かどうかを判断するポイントは次の点です。

@丁寧に応対してくれるか。
Aこちらの話をよく聞いてくれるか。
B見積書を出してくれるか。
Cその会社は店舗を構えているか。
Dその会社に葬祭ディレクターがいるか。

 この中で最も大切なポイントはAの「話を聞いてくれるか」です。こちらの希望、心配に耳を傾けてくれるかが大切です。
 また、ご主人の希望があったら、聞きだしておくといいでしょう。


Q64 「海葬」と「水葬」は同じ?

 近頃「海葬」という言葉を聴きますが、「水葬」と同じですか?「80歳になる父が海がいいな」と言っています。(53歳女性)

A一見「海葬」と「水葬」と同じことを指しているようですが、大きく違っています。

 まず「水葬」ですが、これは船員法で定められているもので、公海を航行中の船舶内で死亡した場合であって、死亡後24時間経過して、衛生的に遺体を船内に保存できないとき、死者本人の写真を撮影し、遺髪・遺品を保管し、遺体が海上に浮き上がらない措置を講じて、相当の儀礼をもって遺体を海中に葬ることを言います。
 いわば航海中の不可抗力な死と遺体の衛生的保存ができないかぎりに行うもので、自分で進んで「水葬」されることはありません。
「水葬」するには厳密な規定があるので、航海中に死んだからといって海に遺体を投じれば「死体遺棄」になり罰せられます。

 「海葬」とは、正確な用語ではなく、海で行う散骨のことを、散骨事業者が「海洋葬」「海への葬送」などとそれぞれ言っている一つです。
 散骨とは「遺骨を細かく砕いて、海や山等の自然に撒き葬送すること」です。死亡後に火葬された遺骨(=焼骨)の一部または全部を、あくまで「葬送を目的」として「相当の節度」をもって撒くことを言います。

 目的が「遺骨が邪魔」だからという理由で行うならば「遺骨遺棄」で罰せられます。また「相当の節度」とは遺骨に対する住民の感情を考慮して、ということで、具体的には焼骨を原形が残らないまで小さく砕き、生活用水等ではなく、海であれば海水浴場や養殖場の近くではなく、沖合いに出て撒くことです。

「水葬」は船員法に定められていますが、散骨については規定がありませんから、刑法の遺骨遺棄や墓地埋葬法の埋蔵規定に抵触しないという条件で行われる必要があります。

 なお、散骨は91年に市民団体である「葬送の自由をすすめる会」が「自然葬」と名づけて行ったことによって話題になりました。
「自然葬」はよく樹木葬等と混同されますが、これも異なります。「自然葬」はNPO法人葬送の自由をすすめる会が商標登録している同会の精神に則って行う散骨のことに限定されます。

 また「樹木葬」は、あくまで墓地として許可を得た区域内で行うもので、遺骨を地中に埋蔵するにあたり、埋蔵地に樹木を植えたり、あるいは樹木の近辺に埋蔵することです。99年に岩手県の祥雲寺(現在は別法人の知勝院)が始めました。墓石を用いない点も特徴です。こちらは墓地として許可を得た区域で行うので、遺骨を砕くことは条件になっていません。「里山葬」とか「桜葬」も樹木葬の一形態です。「樹木葬」については開始した祥雲寺が商標登録をしませんでしたが、自然との共生を願って行われている葬法ということでは共通理解を得ています。


Q65 お布施を包むのは?

 葬式でお寺さんにお礼するときどんな袋に包んだらいいでしょうか(70歳男性)


Aお葬式だから黒白の水引かなと思って、また実際にそうする方がいますが、喪家に贈るものではなく寺院に差し出すお礼ですから、一般に白封筒に入れて「お(御)布施」と書いて渡します。
 熨斗は祝い事と言われているので使いませんが、もし水引を使うならば紅白になります。

 中には「お経料」「戒名(法名)料」と書く例がありますが、僧侶が出仕して勤めてくれるのは「法施」という布施業で、これに料金はないので「お布施」と書きます。

 神道やキリスト教の場合には「お礼(御礼)」でいいと思います。キリスト教で教会に対して行うときは「献金」とします。
 仏教の場合も、個人的には「お礼」でもいいと思いますが、中には「法礼」と書く場合も見受けます。
 いずれの宗教宗派にしても黒白の水引は使わず料金でないところは共通していると思いますす。

 最近、よく僧侶の方から聞くことですが、このお布施を遺族が僧侶に直接渡すのではなく、葬祭業者が遺族の代理で渡すケースが多いとのことです。
 葬儀の前か後かは別にして、宗教者へのお礼は遺族が直接手渡します。




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