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(例1)
 
 好美さん、あなたの前でお訣れの言葉を述べるなんて考えてもいませんでした。
 
 2年前、乳癌で入院された時、お見舞いに行った私たちに、笑顔で左の胸を手で押さえながら「アーア、半分女じゃなくなっちゃった」と言ってましたね。私も5年前に同じ目にあっていましたから、気持ちはよくわかりました。「でも、女は度胸よ。今まであっただけ男よりいい目も味わっているんだから」と慰めにもならないことを話して帰ってきました。
 あなたは東京、私は長野と別れて住んでいましたから、その後会うこともなく、電話だけのやりとりでしたが、そんな仲でも、「同病相哀れむだね」とむしろ二人の仲が急に近づいた気がしました。
 
 でも、あなただけが再発しました。「あなたが来るとあなたまで再発しそうだから来ないでと電話口で話してよこしました。「ダンナは毎晩来るし、勇太も学校から帰ると毎日来てくれるから淋しくなんかないよ」と言ってました。あなたは優しい人だから、家族もとっても優しかった。でも、そんな優しい好美の病状が急変して逝ってしまうなんて。元気に電話で話をした翌日ご主人の勇介さんから電話をいただいても信じることができませんでした。
 
 好美、長い間、優しさをありがとう。あなたの分まで私がんばって生きます。安らかに眠ってください。
 
 長い間の友人なので語りたいことはたくさんあったでしょう。それが最後の「好美、長い間、優しさをありがとう」という一言に凝縮しています。これはゆっくりと語られましたので約3分かかりました。原稿用紙で約1枚半です。

(例2)
 
 村上君、長い間の友情を感謝して、謹んで哀悼の言葉を述べさせていただきます。
 
 同期入社でしたから、あなたとはどこに行くのも一緒でした。休日前には二人で酔い潰れるのが、いつものこと。先輩たちからは「お前たち金魚のフンみたいだ」と笑われましたが、僕たちは人生を語っていたつもりでした。
 二人が結婚した後もよく同じようなことをして、お互いの連れ合いが連合して「いつまで若いつもりなの」と攻撃してきました。このおかげで、相互の家族同士が親密になったのですから、良かったと勝手に思っています。
 
 あなたは真っ直ぐな人でした。40になろうが、50になろうが、それは変わりませんでした。青春を生き続けたような人でした。僕は弱い性格でしたからあなたのおかげで青春を忘れないですんだと思っています。
 これからは、休みの前日は、家であなたの写真を前にして酔い潰れることにします。そのとき、今まで同様に僕に暴言を吐いて励ましてください。
 
 あなたのようなヤンチャ坊主を孝子夫人はよく辛抱強く看病されました。あなたは最期に充分に夫人の愛に包まれたのですから、幸せだったと思うことにします。
 
 これから少し淋しいが、村上君、さようなら。
 
 最後にさりげなく、夫人の看病ぶりに触れていますが、これが夫人に対する慰めの表現にもなっています。

(例3)
 
 丸岡さん。やっぱり変ですね。いつもどおり「丸長さん」といわせてください。
 
 丸長さんとの最初の出会いは、神崎さんのスナック「こうもり」のカウンターでです。丸長さんは焼酎の梅入りのお湯割をあおるように飲んでは、スルメに手を出してと、静かに、しかし、豪快に飲んでいました。
 
 急に「あなたは野球をしますか?」と私に声をかけてきたのです。「ええ、中学まで少し」と答えますと、「ポジションはどこですか?」とたたみかけてくるのです。田舎町の中学で投手をしていたのですが、一寸気恥ずかしいので「外野と投げるのを少し」と答えました。「そりゃいい。投手やってくれますか?うちのチームのヘボピッチャーが急に出張になって試合に出られないのです。あのキャッチャーは僕ですが、ときたのです。
 それがきっかけで、丸長さん、神崎さんの属する草野球チーム「コンドル」にお世話になりました。練習なんてしません。いつもぶっつけ本番です。ですから時々試合中に足をつってしまうのも出てくるありさまです。
 勝率は3割ですからはっきり言って弱いです。でも丸長さんの人柄で試合の申込みがたくさんありました。試合よりも、終わった後に神崎さんの「こうもり」を借り切っての宴会がメインだったように思います。丸長さんは決まって焼酎のお湯割、ほかのものには決して手を出しませんでした。
 
 もうあれから25年。野球は引退しましたが、丸長さんの飲みっぷりは変わりません。あの酒が生命を縮めたかなとも思います。でも、草野球に暮れ、飲み続けた日々は幸せでした。でも、ちょっと早かったよね。
 
 丸長さん、いままでの友情を感謝します。心からご冥福をお祈り申し上げます。
 
 25年の長い友情ですが、出会いにポイントをおいて述べています。故人の癖が聞く人皆にその人を思い起こさせる働きをしています。

(例4)
 
 滝上美智子さま、あなたは天上に召されました。私のほうが2つ年上なのに、残念です。
 でも、あなたは充分に苦しみましたもの、今は安らいでいることでしょう。
 
 老人会の名前をつけるとき、あなたは「あすなろ会」にしようと主張しました。年寄りにはおかしいという声もあったのですが、あなたは「これからの老人はこのくらいの気持ちをもたないといけないのよ」と言って譲りませんでした。「あすなろ会」にして良かったと今は思っています。若さを失わないように、後ろを振り向くのではなく、前を向いて進むことが大切なんですね。あなたは「老人は後ろを向くものなんて誰が決めたのよ。私たちだって進歩しなくちゃ」と言って皆を引っ張ってくれました。
 5年前に、バスを待っていたとき、自転車を避けようとして足を挫き、入院。それからは毎日が病院暮らしになりました。いやだったでしょうね。

 ご家族が「ときどき急に身の回り品を片付け始めるんですよ、『帰る』と言うんです」とこぼしてらっしゃいました。ご家族も帰れるものならと思ってらしたことでしょう。
 でも、お宅にやっと帰って来られました。あなたのお顔はとても安らかです。ご苦労様でした。私もほど近く、あなたの下に行くでしょう。また、仲良くしてくださいね。
 
 最後は老人性痴呆症にかかられたおばあさんでしたが、お年寄りにはお年寄りだけに通じる共感というものがあります。しみじみとした感情が出て、ご遺族も慰められたことでしょう。



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